伊豆八十八ヶ所結願

 一昨年から毎夏、四国八十八ヶ所をお遍路さんになって歩いている。仕事の都合で、夏にしか長期の休みが取れないので、夏の過酷な遍路になっているが、お四国病を患っていて、気持ちはいつも四国に向いている。
 秋から冬にかけては淋しい。それは夏までまだまだ時間があるからだ。心にぽっかりと穴が空いた時期になる。
 昨年の冬、インターネットで伊豆八十八ヶ所の存在を知った。
 これだ!心の隙間を埋めるのは他の霊場巡りをすればいい。
 運良く、年明けから、伊豆八十八ヶ所の霊場会が遍路体験として1番からまわるとの記事も載っていた。
 早速、メールで連絡を取る。
 同行が許されたメールが届くと小躍りした。
 ただ、集合時間が伊東駅前に8時という。我が家から伊東までは約3時間。時刻表で調べると、始発電車に乗れば間に合うのだ。

 私は低血圧体質のため、朝は弱い。起きても1時間ぐらいはボ〜ッとしていてからだが活動しない。始発電車に乗るためには、3時半過ぎに起きなくてはならない。一電車乗り遅れれば集合時刻に間に合わない。朝、起きることができるだろうか?それだけが心配だった。
 しかし、いつもは寝坊スケなくせに、自分の好きなこととなると自然に目が覚めるのだ。目覚ましの鳴る10分前には起きることができた。
 1回目は1月。家を出るときは真っ暗。ほとんど人の乗っていない電車に乗る。リュックを足元に置きあくびをかみ殺す姿は、夜汽車で移動する行商人のおやじのようだ。
 4本の電車に乗り換えて7時45分に伊東に着いた。
 霊場会の責任者の田中さんに迎えていただく。
 今までに何度かメールやファックスの交換をしていて、温和で親切な方だと感じてはいたが、私が予想していた以上の方で安心した。
 八十八ヶ所巡りは、月に1回バスで札所を巡る。
 他の参加者は昨年から続けて参加されている方が多かったのだが、すぐにお仲間に入れていただけた。他の方々は、私以外は静岡県内からの参加者で、地元の伊東からの参加者が多かった。
 田中さんが、
「三浦半島から参加されています」
と私を紹介してくださり、
「そんな遠くから・・・」
「何時に家を出たの・・・」
と言う声も聞かれたくらい、私は異色の参加者だったようだ。

 伊豆には何回か来たことがあるが、こうして八十八ヶ所という伊豆半島を隅から隅まで回るのは初めてだ。伊豆半島の地理もほとんど頭に入っていない。
 バスの中から見る風景は、旅に出た気分を十分に味わうことができるものだった。
 2月には天城に雪が積もり、チェーンを巻いてのバス移動にもなった。ちなみに、海の近くは雪はない。伊豆半島の奥の深さを実感した。
 1月〜5月と家を出るときに暗かったが、夏になると明るくなってから家を出るようにもなった。その頃には、レジャーで伊豆に向かう人も多くなり電車も下手すると数駅は座れないこともあった。
 最後の三ヶ月は、前日に伊東に入りビジネスホテルで宿泊しての参加とした。やはり朝早いよりも数段体が楽だ。

 伊豆八十八ヶ所は、無住の寺や小さな寺が多い。観光地化はされておらず、もしかすると四国の霊場も昔はこうだったのではないかと思わせた。山深い道を歩き、札所が見えたときの安堵感。私達はバスでの移動だったのでそういうものは感じなかったけれども、昔のお遍路さんの心の中を想像させられる霊場だと思う。

 この伊豆八十八ヶ所の遍路体験を企画された田中さんは、バスの手配、お寺との連絡、ご朱印の手伝い、更には私達に札所の由来などを説明していただいた。それはご苦労の多いことだったと思われる。
 こうして結願できたのは、田中さんの努力の賜物だと感謝し尽くせない。ありがとうございました。

 各霊場巡りのご朱印帖は極楽へのチケットだと思っている。これで私は10種類のチケットを手にしたことになる。三途の川でチケットのダフ屋をするにはまだまだ足りない。などと書くと、私は真っ先に地獄に落とされそうだ。
 心を入れ替え、今後も霊場巡りに励もうと思う。

 伊豆霊場振興会のHP
 

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