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「羽根つきの始まり」には諸説ありまして、
・「ツクバネ」(こぎの来)という落葉樹の実を、手でついて遊んだのが始まりとも言われています。この果実には、4枚の大きな苞が付いていてその形は、羽根つきの羽根にそっくりです。この木は、別名ハゴノキ、コギノコとも呼ばています。
常陸の国(茨城県)の筑波山の伝説です。
「伊弉諾尊」(イザナギノミコト)と「伊弉冉尊」(イザナミノミコト)の夫婦の神は、
「日神」と「月神」の二人の子供達のために、筑波山に自生する「つくばね」の実を採りこれを掌で打ち上げ、二人で遊ぶことを教え、子供達は楽しく遊んだと言います。
はねつきの遊びとしての形態ですが、「突き羽根」と「追い羽根」の二つに分けられます。
「突き羽根」は数を取って一人で突く遊びす。
「追い羽根」では「右方・左方に方を分ち、男女混合で勝負を競」いあったと記録が(室町時代)あります。この様子は『月次風俗図』(平安時代)にいきいきと描かれています。
男・女で組わけをしているものも、混合でチームを作っているものも見られます。一チームの人数は二人から四人。着物の裾(すそ)をたくり上げたり下駄を脱いだり、大はしゃぎで男も女も愉快そうです。
「羽子板」が「ハコイタ」とも「コキイタ」ともふり仮名されています。はねつきの最も古い記録として「こきのこ勝負」という名称を紹介しています。コギは「胡鬼」と書き、ここでは「羽子」が「胡鬼の子」と呼ばれていました。
この「こぎのこ」にまつわるお話しもあります。
まず胡鬼子はビャクダン科のある落葉低木、学名 Bcukleya lanceolata の中国名です。なぜ、これが「はねつき」に関係してくるのかは、その実が「羽子」にそっくりなのです。
☆参考リンク→ つくばね
この木は日本名を「つくばね」といい、「衝羽根」「撞羽根」もしくは「突羽根」と書かれます。
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