破魔弓のお話 

羽子板の基本知識
はねつきの意味
羽根のお話
押し絵羽子板
「 無患子」(むくろじ)って?
トンボがヒント?
羽子板市
歴史のお話
 ⇒最近の破魔弓の傾向はこちらから〜

■なぜお正月に破魔弓を飾るの?

初正月を迎える男の子に破魔弓を贈る習慣は、江戸時代に始り現代まで受け継がれています。

破魔弓には、さまざまな邪気から身を守る力があると昔から信じられてきました。

そのため、初正月の祝い以外にも、新築の家の上棟式に供えたり、正月の破魔矢を飾ったりする風習が今も広く行われています。

上棟式の破魔弓は、家屋の守護神に供えられるもので、これまでの工事が無事に進んだ感謝の気持ちや、竣工に至るまでの加護の祈願、禍いなく幸多いことを祈る気持ちが込められています。

初正月の祝いに破魔弓を飾る場合は、一般に弓・矢・うつぼ(矢を入れるもの)を一組とした揃いを飾ります。また、正月の破魔矢のように、矢のみを飾る場合もあります。



江戸時代に縁起物の贈答品として定着したことで、破魔弓には次第に工芸的な美しさが求められ、それを作る職人たちの技も高められていきました。

男の子の初正月の祝いとして贈られる破魔弓は、小さな弓と矢を組み合わせたものです。

弓は武士にとって重要なものでしたから、江戸時代には、武家の男児が成長して立派な武士として出世することを願い、手遊びに使えるような弓矢が贈られました。

その風習はやがて民間にも伝わり、現代に至っています。昔から、弓には魔を退(しりぞ)ける力があると信じられていました。そこから、初正月に飾る弓を、魔を破る弓、すなわち破魔弓というようになったのです。


新春に、この破魔弓を実際に使って的を射る遊びが、男の子たちの間で行われていた時代もありました。その後、破魔弓の作りがしだいに豪華になっていくにつれ、そういう遊びも行われなくなり、やがて飾ることが主流になっていきました。

■破魔弓の「破魔」という言葉から・・・・・。

破魔弓とは、悪魔を射て払う為の弓のことです。
破魔弓は、魔除けの意味で神社などにかなり古くから置かれ色々な神事に使われておりました。

『鳴弦の儀』(めいげんのぎ)
宮中では皇子が誕生したときに魔除けとして鳴弦の儀式を行いました。
儀式射礼または大射といい、孝徳天皇の大化3年く647年)から行われ、
これに用いる的としてわら縄で円座のようなものを作り 、これを「はま」といいました.

矢を使わず、弦を引いて弦打つ(つるうち)の音を四方へ向け発します。
宮中や公卿の古い記録deでは,出産の際,産湯をつかうとき鳴弦の儀を行っていました。
皇室では,儀式の一つとして、今日でも受け継がれております。

後に「破魔」の字を当て、魔障を破り払うという意味をもたせ、男児の正月の縁起の祝い物となりなりました。

・魔除けとは天地と四方の邪気を払う神事のことです。

■破魔弓のいわれと由来

やはり中国を起源とするのでしょうか。
昔、中国の伝説的な英雄、皇帝を濃霧で苦しめた悪者の目をかたどった的をつくり、それを弓で射た宮中の行事がはじまりというのです。
また、天皇の御前で、左右に分かれた射手が弓矢で点数を競う「賭弓」(のりゆみ)という宮中行事を起源とする説もあります。

「破魔」とは仏教用語で、悪魔を破滅すること、煩悩を消滅することの意です。

上棟祭の折にも、鬼門の方角である東北と裏鬼門の方角である西南の方向に向けて、
屋上に二張りの飾り矢を設けたり、鳴弦の儀と称して、神職が実際にこの方向に向けて弓射をおこなうのもこうしたことに基づくものです。

■弓の歴史

我が国の弓の歴史についてははっきりしたことは不明ですが、
人類が狩猟を生活の場と していた旧石器時代にはさかのぼれることは明白で、
少なく見積もっても1万2000千年前 頃の縄文時代に既に弓矢が使用されていたことは遺跡からも確認されています。

我が国で発掘される縄文時代の弓は1.2〜1.6メ−トルくらいの長さであり、それより時代
の下がった弥生時代では2.0〜2.3メ−トルぐらいとなり、現在の日本の弓の長さとほぼ
同じになっている。ちなみに日本の現在の弓の長さは七尺三寸(2.21メ−トル)で、弥生
時代に定着したと考えられます。

当初の弓は木や竹で弓を作り、藤蔓(ふじつる)のような繊維質のものを弦(つる)として使用
し、矢は鳥のはねや細い木で作っていたと思われます。

狩猟の道具として弓は出来てきたと思われますが、狩猟による人々への恵 みをもたらすものであったため
、弓は神聖なものとして扱われるようになってきました。

現在、破魔弓とか破魔矢とかいわれ、初詣の開運の縁起物や男児の正月の祝い品としての
物、また新築の時に上棟式に鬼門の方角に向けてたてる矢があり、いずれも悪魔払い、邪気
払いとして縁起の良い物とされています。

これもこのような弓が神聖な物との考えから出てきていからです。
宮中では皇子誕生の時に弓弦をならす鳴弦(めいげん)の儀があります。

ちなみに破魔矢(守護矢)の由来ですが、
昔から矢と弓は魔除けの信仰があり、今でも新築の家の棟上げに檜の弓矢を屋上に飾ります。宮中では皇子誕生の際に弓弦を鳴らす鳴弦(めいげん)の儀が行われますし、民間でも男児の初正月に破魔弓を贈ったりします。

鏑矢(かぶらや)は「鳴りかぶら」ともいい、射ると先端の鏑(かぶら)が鳴り、戦場で戦いの合図として最初に射る矢でした。ですから今でも物事のはじまりを「嚆矢」(こうし・鏑矢の意)といい、また昔から祓の意味でも射られていました

お正月に神社に参拝した際の破魔矢は、
正月の期間に社頭で頒布されている授与品の一つで、その年の干支の絵馬が付いたものがあるなど、一年間お飾りする縁起物となっています。

破魔矢の由来は、破魔弓と一式になったものであり、全国各地に見られる年占の際におこなわれた弓射を起源にするものともいわれております。これは各地区ごとに弓射を競い、勝った方がその年の豊作に恵まれるというもので、作物の豊凶をトするためにおこなわれてきました。

 また、正月の男児の遊戯としても用いられていましたが、江戸時代以降、子供の成長の無事を祈る縁起物として、装飾を施した弓と矢が男児の初正月や初節供に贈られるようになりました。

その後、これが簡略化されて矢だけが魔除けとして、正月に神社で授けられるようになったと考えられます。 破魔矢はその名称の通り、魔を破り、災厄を祓う矢として信仰されています。


破魔という字を充てたのは後世のことであり、本来「ハマ」とは弓射に用いた丸い的のことで、各地に濱井場(はまいば)という地名が残るのも初春に「ハマ」を射た場所であることを意味したものとする説なども有ります。


資料提供 雛人形のこうげつ人形


ご質問・お問い合わせ  


このWEBサイトに掲載されている文書・画像・写真等の 許諾なく 複製・頒布を行うことはお断り致します。
Copyright (C)お正月博物館
Since1996/10/01 All rights reserved