グラントハイツ、光が丘の歴史
History of Grant Heights and Hikarigaoka
昭和18年(1943)農地を飛行場建設の為に接収
同年、日本陸軍成増飛行場として完成
首都防衛として陸軍飛行第47戦隊配属、4式戦「疾風」が主力戦闘機
 The Imperial Japanese Army Air Force in World War Two,
The Narimasu airfield 1943, The 47th squadron of a flight.
Nakajima Ki-84 Hayate / FRANK

雪の中の成増飛行場と疾風戦闘機
The Narimasu airfield in snow, Type 4 Fighter HAYATE
(C)松永弘志氏

現存する唯一の「疾風」(はやて)戦闘機 Fighter Hayate
(C)今道裕氏

米軍機B-29からの東京防衛の為に出撃した

Boeing B-29 Superfortress
http://www.youtube.com/watch?v=r7OG8ta_Kw8&mode=related&search

昭和20年(1945)8月15日終戦
米軍が戦闘機・その他基地設備を全て焼却処分する
しかし、コンクリートの戦闘機避難ドームはグラントハイツ時代にも残っていた

昭和23年(1948)米国陸軍の家族住宅としてグラントハイツ完成
第18代大統領 グラント将軍の名を命名

当時、大人も子供もグランドハイツと発音していた。グラントを何故グランドと発音したか分かり
ません。グランドのように広々としているのを見て、自然にグランドとなったのかも知れません。
今回調べてみてグラント将軍から命名したと知りました。
地元に昔から住む人は、今でもグランドハイツと言っています。


昭和33年(1958)米陸軍から米空軍に移管する



















現在もFUJI(閉店)の看板は何故か残っている

2003年3月撮影のFUJIの周辺です
March,2003 phtography

*2008年12月16日*
グラントハイツについて寂しい事があります。
唯一、当時の面影を留めていた「FUJI」建物が、取り壊されました。
木造で、とても趣のあった建物でした。残念です。











(C) Laura Ann Carpenter (C) Jim Carpenter
(C) Jim's Army Daze ~1955-1957
(C) TOKYO AMERICAN HIGH SCHOOL NARIMASU NETWORK
(C) Jazzbo
(C) THE DRAGON'S ROAR

http://bratsupdates.blogspot.com/2005/03/take-journey-back-to-grant-heights-dha.html
(C) 2005 Japan Brats


1963年当時の写真、見つかり次第掲載致します

昭和43年(1968)日米協定で権利返還に同意する

昭和48年(1973)全面返還された

しばらく跡地開発計画が決定出来ず空き地のままが続く

昭和58年(1983)敷地の半分を公園とし、他を高層住宅地としての開発が終了
住民の入居が始まる。地域を「光が丘」と命名された


詳しい空中写真は右下の項目をクリックして下さい。
It is the aeriai photograph of a click and Grant Heights about the lower right.
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Grant Heights Tokyo
Hikarigaoka 光が丘


成増飛行場 Narimasu Airfield No.1
成増飛行場 Narimasu Airfield No.1
光が丘、グラントハイツの航空写真
光が丘、グラントハイツの航空写真