沿革
| 1995年 | 平成7 | 1月 | 任意団体としてスタート。資料室開設。 |
| 1998年 | 平成10 | 7月 | 創設者、大井清吉没 |
| 2003年 | 平成15 | 5月 | 特定非営利活動法人格取得 |
| 2004年 | 平成16 | 4月 | 知的障害者地域生活援助事業「グループホーム大手」開設。 |
| 2005年 | 平成17 | 2月 | 知的障害者地域生活援助事業「グループホーム椎津」開設。 |
| 2006年 | 平成18 | 4月 | 福祉図書室開設。 |
| 2006年 | 平成18 | 10月 | 障害者自立支援法施行に伴い、「グループホーム大手」、「グループホーム椎津」を共同生活支援事業所「春告鳥」とする。 |
| 2007年 | 平成19 | 共同生活住居新設予定 |
《障害児教育・福祉資料センター》の開設についてのお願い(1995年1月)
《障害児教育・福祉資料センター》の開設についてのお願い大井清吉
《障害児教育・福祉資料センター》を開設することにしました。
「東京学芸大学を退官したあと、何をするのですか」とさまざまな人からたずねられました。正直なところ、いろいろ迷った末、上のような「答え」を出しました。よろしくお願い申し上げます。
考えてみると、1972(昭和47)年3月亡くなられた恩師杉田裕先生は、教育現場の資料を大切にされた方でした。研究会などで資料を受け取られると、その資料の受け取られた日付を記入しておられました。先生がこうして残された資料は現在東洋大学に保管されていますが(小杉長平先生が残された資料とともに)将来、第2次世界大戦後の「障害児教育実践の歴史」を研究するときに大いに役立つに違いありません。退官を3ヶ月後にひかえて、私の頭に浮かんだのはその杉田先生のことです。
東京学芸大学障害児教育学科にも、山口薫先生からいただいた資料、私自身が収集しました資料などが保存されています。これからも学科の先生方がさまざまな資料を集められるでしょう。本来ならば、こうした教育現場の資料も大学図書館が保存・整理し、研究者の利用に供すべきでしょう。しかし、現在の大学図書館には、それだけの余裕も能力もないようです。
さらに、現在の東京などの大都会の住宅事情は個人で資料を保存することを非常に困難にしています。幸い、退官後は千葉の田舎に住むことになりますし、小さな書庫を建てることができましたので、それを《障害児教育・福祉資料センター》とすることにしました。在任中に集めました、ロシア、フランスなどの外国資料、障害児性教育関係の資料、上記の障害児教育の現場資料などの大部分は研究室に残して参りますので、千葉の《資料センター》はほとんどゼロからの出発になるかと思います。収集したいと考えている資料は、なによりもまず、
(1)障害児学校・学級、障害児・者施設の研究紀要、学校学級だより、施設だよりなどの現場資料
(2)教師、職員、親などの手記、障害児・者の文集、詩集、画集など。
(3)障害児・者の教育福祉に関する単行本、雑誌、新聞・雑誌等の記事。
(4)その他、市町村、都道府県などの行政資料など。
(5)研究論文抜刷など
です。
先日も、吉田久一先生ともお話しましたが、いずれは《公的な専門資料センター》ができるまでのつなぎとしての役割を果たせればと希望しております。上記のような資料をご寄贈いただける場合は、下記あてお送りいただければ幸いです。
〒299-02 千葉県袖ケ浦市代宿309-2 大井清吉
《障害児教育・福祉資料センター》の継続についてのお願い(1998年10月)
《障害児教育・福祉資料センター》の継続についてのお願い大井 純
父の死後、父が開設した障害児教育・福祉資料センターをどうしようか、いろいろと迷いました。結局、やれるところまでやってみようと、継続していくことにしました。よろしくお願い申し上げます。
父は、東京学芸大学を退官後、障害児教育・福祉資料センターを開設いたしました。私がちょうど、大学を卒業し、そのまま東京に残り、知的障害を持つ方々の施設現場職員として就職した年でした。そのため、設立当初のことや、父がその後、どうしようと考えていたか、くわしくは知りません。
今、思い出すのは、父がいつも現場のことを考えていたことです。入院中も私が面会に行くと、ほとんど現場の話になりました。私が父と最期に会話したのは、この不況の時代にどんなことをしたら、知的障害を持つ方々(作業所を含めて)がお金儲けをすることができるか、という話でした。結局、ああでもない、こうでもないといいながら、結論のでないまま、面会時間が終わってしまいました。今となっては、話の中にあったものを一つでも実践できたらいいなぁ、と考えております。
だいぶ前の話になりますが、酔った父が、現場時代が一番楽しかった、と言っていたことを思い出します。私は高校生の時、父の親友である藤谷勝蔵先生の施設にボランティアに行き、やさしく逞しい姿の憧れて、今の仕事に就きました。今でも、あの時の後姿が脳裡に焼きつき、日々教えられています。父が研究者としてやってこられたのも、藤谷先生をはじめとする皆様が、現場で毎日の実践を積み重ねてきたからにほかなりません。
私には研究者としてやっていくだけの能力もありませんし、語学力もありません。また私は、利用者の方々と一緒に日々を過ごし、最善の方法を探っていく現場職員でありたいと思っています。
障害児教育・福祉資料センターも現場職員のため、つまりは利用者のためのものでなければなりません。
25歳の若僧に何ができるかわかりませんが、やれるだけのことはやってみようと思います。父の資料を整理していたら、「福祉を学ぶ学生のための情報学入門」という冊子(著、帝京平成大学中道正先生)が出てきました。付箋やら赤線などがたくさん書き込まれていました。パソコンという機器にも興味を持っていたようです。このたび、障害児教育・福祉資料センターも何とかホームページを開設しました。まだ、何も得るものはないと思いますが、資料収集だけでなく、何か発信していくことができればと思います。なにぶん若輩者ですので、皆様のご協力なしでは何もできません。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
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