そうだ ショパン 弾こう - Chopin

ショパンとの出会い - 小犬のワルツ

ショパンの「邦題」付きの曲演奏 に挑む。挑むとは言っても、弾きたいから弾くそれだけだ。

昔、西田敏行さんの歌った「もしもピアノが弾けたなら」、これを聴いて自分も弾けるようになり、弾き語りというものをしてみたいと、子供心に思った。まだ、音符が少しだけ分かるような小学生の頃の話だ。

幼稚園で誰か女の子が、「猫ふんじゃった」を弾いていた。その時は他人事だったが、いまだに覚えているということは、印象に残っていたのだろう。
小学校一年生の時に、翌年取り壊すことになる木造校舎のオルガン室でふいごのペダルを踏みながら和音を弾いたようなその頃。自分が演奏をできるようになるなんて思っていなかった。
でも不思議なことに音楽の成績は大体良かった。努力なんてしていないのに。
家にピアノがやってきたのはその頃、母から、子供のバイエルをやるように言われ、それなりに練習した。難しくなったところで上手く弾けなくなり、悔しくて泣いた。泣いてそれっきり弾くのをやめた。それっきり。でも、いつの間にか、「猫ふんじゃった」を覚えていた。

中学に入ってもなぜか音楽の成績が良かった。ホントになんでだろう。声変わりしたのはその頃、確か四日ぐらいで嗄れ声が出なくなって声変わりした。背は低かった。
『歌のトップテン』は見ていた。そういう曲が楽しくて、自分も音楽ができたらと思うようになった。
ピアノを習っている人が、先生の前で伴奏つきの演奏をしていた。グランドピアノを弾いていたのが微妙に妬ましかった。
ピアノが弾きたくなった。それもなるたけテクニカルでヨーロピアンな曲を。選んだのは、「小犬のワルツ」だった。ひたすらそれだけやった。聞こえていたほうは多分迷惑だっただろう。ひたすらやったから習わなくてもスラスラ弾けるようになった。
その後ポップス系も弾けるようになりたくて練習した。

高校では、音楽を履修しなかった。楽典や音楽史・合唱どれもが面倒くさかったから、書道を履修した。それよりも、友達と遊びまわることが何より楽しかった。
急激に身長が伸びた。遅ればせながら、平均身長を上回り始め、背の順で高いほうになっていた。細身の私は柔道で背の順で戦わさせられたときは結構怖かった。
音楽室に入ったことは数回あっただろうか。一人勝手に「小犬のワルツ」を弾いた。(「子犬のワルツ」はよくある間違い)


SQUARE Final Fantasy VI(6)の楽譜

SQUARE Final Fantasy 4,5,6をやっていた。絶えず流れるバックグラウンドミュージックに魅了されて Final Fantasy VI楽譜を楽器店で見つけたので FF6のだけ買ってきてほぼ全曲練習した。(時計の文字盤にも使われるローマ数字は機種依存文字。インターネット(メール)での使用には注意)
明るい曲も好きだが、泣かせる曲もいいし、曲の終盤で希望が見えてくる曲なんて最高だった。ダークな曲にもはまった。弾きまくっていた。
あっそうそう、ケルト音楽の旋律も懐かしいような、不思議な感覚にさせてくれるね。


ショパン 幻想即興曲 ‘Fantasie Impromptu’

それが終わるとピアノ演奏に向かうことも少なくなっていた。
20代後半になり、(MIDI)デジタルピアノを入手し、新たに曲を弾きたくなった。ショパンの曲に対するこだわりがそこにあった。どうせ弾くなら弾きたい曲を弾く。そして、それは始まった。

西暦は私の演奏練習開始年
Op.Opus=オーパス(英語)・オプス(ラテン語)の略。作品番号を表す。
エチュードエテュード(Etude)とも書く

1999年 Op.66 幻想即興曲
2000年 Op.10- 3 別れの曲(エチュード) そして Op.18 華麗なる大円舞曲
2001年 Op.10- 5 黒鍵エチュード そして Op.28-15 雨だれ前奏曲(プレリュード)
2002年 Op.25- 1 牧童(エチュード) 《別名 エオリアンハープ - Aeolian Harp》
2003年 Op.10-12 革命エチュード (挑戦中)

この中でいちばん愛する曲がショパン牧童(エオリアンハープ )。そして、いちばん得意な曲が幻想即興曲だ。
理由は私がアマチュアだから。専門に習うことも無く、プロのように聴衆にインパクトを与えてアピールするような演奏は必要としない、一音一音づつ粒を揃えてはっきりとひく、そんなことは二の次の私には一人感性の趣くままに弾ける名曲が弾きたい。
特に牧童(私はエオリアンハープ と言うほうが好き)に関しては完璧なレガートではなく、アルペジオをハープをはじくような感覚の音として捉えている。これが演奏できるようになったので、この優しい曲が私の宝物になった。
幻想即興曲演奏には、情熱が求められると思う。右手のアクションがパワフルであるほうがいいのだが、練習中右手中指第二関節を痛めてしまい、軽い腱鞘炎?の状態。演奏できなくなるなんて程ではないのだが、弾いていると古傷のように時々痛く感じる。
それからというもの、力強く弾かなければ、という考えを捨て、感性の趣くままのハイスピード演奏をしている。故:岡本太郎画伯の名言「芸術爆発だ」爆発するだけが芸術ということもない。
だが、革命のエチュードに関しては難儀している。鬼気迫る迫力と慟哭があり、故郷の戦乱を悲しむこの曲。フィナーレも非常に強い憤りを感じさせる。かつて憧れていた曲だけにどうしても弾きこなしたい。そういえばピカソのゲルニカにも感銘を受けた。といっても美術館でとかいう訳ではなく、中学のときの教科書の写真だったと思う。このゲルニカも戦乱で苦しむ人々を描写したものとのちに知ることとなった。どうやら私はこういった作品にはまるタイプらしい。
しかし運指が物理的にかなり難しい。人差し指が長い人に有利な曲のように思える。私の中指より、爪の長さ分12ミリ以上短い左手人差し指では白鍵から黒鍵に移るときに短さが災いする。
いつかやり遂げたい。

楽典も音楽史も結局このために独学した。音楽理論に関しては(バツ=ひがしかわ○=とうかわ)東川清一著作の多数の本がとても役に立った。
ピアノ演奏には直接関係ないが東川清一氏の著作「シャープとフラットのはなし」はなぜ鍵盤上で同じ音が二つの呼び方をされているのかが理解できる。シャープとフラットはもともと別のだったのだ。
12平均律(12平均と間違えがち)以外の音律に関しても別の作品が詳しい。小難しい話に耐えられる人にはお薦めする。

フレデリック フランソワ ショパンは「ピアノの詩人」と形容された。ピアニストであるよりも、名作曲家であろうとしたという。
若かりし時のショパンの華麗で派手なフィギュレーションもいいが、40歳を前にして逝去したショパンの晩年の物憂い感情に触れると、頑張ろうということよりも、人生というものの本質を確かめたいと言う気持ちにさせてくれる。


ショパンとルパン三世 - Chopin & Lupin the Third

ショパンは 1810年ポーランド生まれ、諸国へ演奏旅行の末、イギリススコットランド地方で病状を悪化させ、拠点としていたフランスへ戻り、結核で 1849年この世を去った。

ショパンと怪盗ルパンはフランスつながりだが、「ルパン三世」も好きだ。周辺を彩るキャラクターも超個性的。次元大介 石川五ヱ門不二子 それと、なんといっても銭形幸一(銭形とっつぁん)を忘れてはいけない。ルパン三世の生きざまは永遠の憧れだ。
原作者: モンキーパンチさんは、銭形とっつぁんがお気に入りだそうな。
ルパンの初代声優は今は亡き山田康雄。栗田貫一が 2代目を務めている。
病床の山田康雄に栗田貫一が代役を申し出て、ものまねの才能により認められた。
ルパン三世日本人らしい(?)。ルパン三世の主題歌や挿入歌で、ルパンパーンと思っていたが実はルパンサードだった。 --- へぇーへぇー(笑)。

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掲載: 2003-10-19
改訂: 2004-09-29
修正: 2005-05-08
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