蔦温泉「蔦温泉旅館」

田代平湿原から県道40号で国道394号に戻り、右折して谷地温泉に向かう。
左折して国道103号に入り、蔦温泉(HP)へ。
20年以上も前に蔦温泉に来たことがあるが、大町桂月のこと以外ほとんど覚えていない。
正面玄関は大正7年(1918年)築。

もちろん、記憶にはない。
日帰り入浴は400円。
明治39年1月4日、河東碧梧桐は蔦温泉を訪れた。
温泉守は疾く山を下りた。ここに某氏の鮭鱒の艀化場がある。それを守る小屋に人が二人住んでおるきりじゃ。
焔々と榾(ほた)を焚いておる処へ飛び込む。先ず生きた心持になる。長々と温泉に暖まって、榾(ほた)の烟らぬ方に陣取って大胡座をかく。頭の毛から足の爪のさきまでほこほこする。持って来たビールの栓をつつき壊して、飯茶碗でグイグイ飲む。山男にも若者にも一杯ずつ分ける。天下にこれ位愉快な事はないような気がする。七本も八本も榾を積み重ねて、自在も焼けるほど尚焚きに焚く。
蔦温泉は大町桂月(1869〜1925)終焉の地。
大町桂月の歌碑がある。

ここちよさ何にたとへん湯の瀧に肩をうたせて冬の月見る
歌碑の脇に丘虎尾(おかとらのお)が咲いていた。

「泉響の湯」には2、3人が入っていた。
内壁は青森ヒバ。ブナの底板の隙間から湯が湧きあがる。
だから源泉100%で、掛け流し。
「久安の湯」は男性用。女性は気の毒だ。
蔦温泉は久安3年(1147年)には湯治小屋があったという。
裸で寝そべっている人がいる。写真どころではない。
泉質はナトリウム・硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉。泉温は43.8℃。
大町桂月の像がある。

大町桂月は蔦で2度の冬ごもりをしている。
大正14年(1925年)3月には蔦に本籍を移した。
テレビ朝日の秘湯ロマン。
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