川治温泉「元湯川治温泉蘭綾」


今週こそ、晴れたら田代山に行こうと思ったが、天気予報はやはり曇。日光にでも行こうと思って、出掛けた。
東北自動車道宇都宮ICから日光宇都宮道路に入る。
日光宇都宮道路に日光黄菅(にっこうきすげ)が咲いていたので、霧降高原に行くことにする。
県道14号を経由して国道119号(日光街道)に入り、東武日光駅の先を右折して、霧降高原有料道路に向かう。
猿が道を横切る。
霧降高原有料道路の料金所の手前に霧降の滝があるので、立ち寄ることにした。
展望台まで歩いたが、音が聞こえるばかり。
霧で滝は全く見えない。さすがは霧降の滝である。
霧降高原有料道路に入ると、霧はますます深くなる。霧降高原である。
日光黄菅(にっこうきすげ)どころではないが、それでも写真を撮ってみた。
日光黄菅(にっこうきすげ)

日光黄菅(にっこうきすげ)の群生が見られるかと思っていたのだが。
霧降高原有料道路から県道23号川俣温泉川治線に入り、川治温泉へ。
川治温泉岩風呂「薬師の湯」で「日帰り湯行手形」を買う。
今日は「元湯川治温泉蘭綾」のお風呂に入ることにする。
「元湯川治温泉蘭綾」へ行くには川治温泉岩風呂「薬師の湯」から鬼怒川沿いの細い道が近いのだが、なぜか通行止め。
鬼怒川を渡って対岸を歩く。
額紫陽花(がくあじさい)が見事だった。

それを写真で撮るのは難しい。
鬼怒川

正面に見えるのが「元湯川治温泉蘭綾」
再び鬼怒川を渡って、「元湯川治温泉蘭綾(HP)」へ。
「元湯川治温泉蘭綾」の玄関の左に小杉放菴の歌碑がある。

またも來む鳥なき若葉青葉して山の装ひ成らば告げ越せ
小杉放菴の碑
またも來む鳥なき若葉青葉して山の装ひ成らば告げ越せ
小杉放菴は本名(国太郎)といい、明治14年に日光で生まれ、主に太平洋画会展で活躍し、文展でも2度にわたって最高賞をを受賞。国木田独歩や芥川龍之介といった作家との親密な交友関係もありました。
明治34年、小杉放菴は田端へ下宿する。20歳の画学生のときだった。当時、未醒と号す。大正12年、放庵と号す。昭和10年頃から放庵を放菴と署するようになる。
明治39年、国木田独歩の仲人で、日光町七里の相良楳吉の長女ハルと結婚。明治40年、田端155番地に家を新築。
芥川龍之介が田端に移ったのは、大正3年10月末である。未醒と芥川との初会見は、未醒の日記によると大正7年6月22日だそうだ。
またも來む鳥なき若葉青葉して山の装ひ成らば告げ越せ
明治34年 春 放菴
このうたは、歌文集『山居』川治の湯6首の中の1首です。当館16代湯守とは義兄弟。同じ「川治の湯」にて
冬されば雪の下なる山里の湯守が妻はさびしかるべし
チェックインは2時。湯行手形でお風呂に入れるのは1時から4時まで。
大浴場

チェックイン前で、まだ誰も入っていない。
当館は(日本百名湯・源泉の宿)に紹介されております。館内の大浴場は、すべて100%源泉の天然温泉でございます。
当然掛け流しのはずだが、チェックイン前で、まだ溢れるほどお湯が溜まっていない。
お湯が溜まっていなくても、まだ誰も入っていない大浴場に1人ではいるのだから、贅沢だ。
源泉名は温泉ホテルNo.2源泉。泉質は単純温泉。泉温は47.8℃。
露天風呂「懸崖」

帰りに今日も「名水の郷日光おかき工房」に立ち寄る。
「名水の郷日光おかき工房」は来るたびに客が増えているような気がする。
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