古くは室町時代に今川氏により蒲原城が築かれていた。
宿駅制定当時は現在地より約200m南(海)側古屋敷にあった。
元禄12年(1699)津波により宿場、旅人60名が流された。このため
翌年家康が信長の接待のために造営した御殿屋敷のある現地に
移転した。しかし雁堤が完成後富士川の本流がやや西よりとなり、
大雨で増水すると被害を受け、東海道も被害を受け、天保14年(1843)
には新しく坂道が造られた。
当初は東西2軒の本陣があったが途中で東本陣が途絶え西のみとなる。
木戸間約1.2km。道幅は当時のままで、県道から一筋外れているため
車の通行も殆どなく、昔の面影が濃く残る宿場の一つ。
海の被害も受けたが、逆に製塩業が盛んでもあった。
15・蒲原宿(天保14年)
日本橋から37里半
現代の宿駅 JR東海道線
        新蒲原駅
人口   2480人
家数    509軒
旅籠     42軒
本陣      1軒
脇本陣     3軒


東木戸

日軽金送水管

渡辺家土蔵
新幹線ガードを潜る、この辺りは山の中腹。今度は東名を新坂橋で渡ると道は下りとなり、前方に雄大な駿河湾が広がる。坂を下りきるとT字路、これを右に。右に標識があり、民家と畑の間を進んだ山の斜面竹薮の下に北條新三郎墓がひっそりと眠る。新三郎は北條早雲の次男長綱の長男で、武田軍の進攻に備え今川氏応援のため蒲原城に籠る。元禄12年(1569)12月戦史に残る「蒲原城の戦い」で老練な信玄の戦術に嵌り敗れこの地にあった常楽寺まで逃げ延び自害。
道路左に新しい現代の一里塚跡碑が建つ。少し進むと東木戸  常夜灯や説明板がある。突然右上から海側に巨大な送水管が現れる。これは日本で唯一のアルミ精錬日本軽金属工場の発電用。
渡辺家土蔵 天保9年(1838)建築、殆ど例が無い3階建土蔵。四隅の柱が上に行くにつれ少しずつ狭まる「四方具(しほうよろび)」又は「四方転び」という耐震性に優れた工法。
竜雲寺 後述「茄子屋」参照。
東漸寺 元弘元年(1331)開祖の日蓮宗古刹。元は西より御殿屋敷付近にあったが、家光上洛時増改築のため現在地に移転。本陣に近いことから混雑時は臨時の宿舎となった。
脇本陣跡 塗り家造り佐藤家の手前東側、街道を挟み3軒のうち2軒があった。
塗り家造りとなまこ壁の家 元商家佐野屋。壁は町屋に多く見られた塗り壁。土蔵造りに比べ壁厚は薄いが防火効果が大きい。もともと城郭などに用いられた技法で江戸時代末期に一般建築に広がった。
なまこ(海鼠)壁は家や土蔵の腰部に好んで用いられた。多くは黒色の平瓦を貼付け、格子型になった目地部を漆喰で塗る。この白と黒、それと格子状の模様はシンプルだがさりげなく町人の豪華さを見せつけている。 
問屋場跡 説明札がある。
広重「夜之雪」碑 広重東海道五十三次の中でも傑作と評価される「蒲原夜之雪」海沿いの比較的温暖なこの地は冬でも降雪は殆どない、そこを敢えて雪景色としたのは何故か、大いなる疑問が残る。この碑は昭和35年記念切手となったことで建てられた。
平岡家西本陣 本陣の風格を残す黒塀の屋敷だが、これは大正時代の建築。邸内には大名の駕籠を下ろした畳一帖もある「お駕籠石」が残る。
多芸家東本陣はここから100mほど東側だった。が標識もなく正確に特定できず。
旅籠和泉屋 天保年間(1830〜44)頃建築、安政の大地震(1855)でも倒壊しなかった。2階の櫛形手すり、看板掛け、横から突出た腕木などに上旅籠の面影が残る。今建物の一部を現代の旅人に「お休処」として開放している。
ガラスの家磯部家 明治42年建築。2階の手作りのガラスは国内生産が明治40年であり、当時時代の最先端を行く建物。また木材は全てケヤキ造り。相当のお金持ちだったのだろう。
御殿道碑 この辺りに家康が武田軍攻めの織田信長を接待するための小規模な建物を建てた。秀忠、家光の上洛に伴い増改築しかなり大きな御殿となった。ここから下る道を「御殿道」と呼ばれた。寛永11年(1634)以後使用されることはなかった。
五十嵐医院 大正13年町屋を洋風に改築。国指定文化財。
志田家 安政の頃(1855)再建、元醤油、味噌、油を売る商家は、日光や風雨を遮る蔀戸(しとみど)のある建物。国有形文化財。
増田家 美しい格子戸の家。
茄子屋跡 承応2年(1653)高松藩槍の名手、大久保甚太夫は興津川付近で薩摩藩の大名行列と揉め事を起こし、辱めを受ける。その場では堪えたが、ここ茄子屋の辻で行列を待ち伏せ、何十人もの薩摩藩士を倒し屈辱を晴らすも、自身も傷つき力尽き討たれ、竜雲寺に葬られた。寺にはこの槍が残る。茄子屋はもと茶屋。
西木戸 東と同じく標識や宿場案内図がある。

塗り家造りとなまこ壁 広重「夜之雪」碑 西本陣 五十嵐医院 志田家

小金、中村地区
見所多い宿場を出てR396を西に進む。
13時50分 休館日の蒲原町文化センターにてトイレ休憩。
昔の「小金村」「中村」を進む。この辺りが製塩業の中心で、昔の名残が残る町並みが多く楽しい。JR蒲原駅前を通過。
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