ようこそ ☆ NOP : ニュー・オペラ・プロダクション

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最終更新日 2012-04-12

写真 左:‘11年12月岐阜「末摘花」 中:‘12年2月東邦音大「魔笛」 右:'12年2月北陸3都市「泥棒とオールドミス」

 オペラに関わって50余年になりますが、今日ほど日本に沢山のオペラ上演団体が出来、それぞれが盛んにオペラを上演するようになったことはありません。優れた才能を持ちながら、その才能を発揮する場がない歌手が増え、オペラ上演可能なホールも全国的に増え、市民達がオペラという文化活動によって共同体意識を高めて、より精神的な満足を得たいと思うようになってきたこと等、理由は様々に考えられます。
 しかし、新たにオペラ活動を開始しようとする時、一番問題なのは行政機関にも民間にもプロデューサー経験者が極端に少ないということです。
 ニュー・オペラ・プロダクションはこれまで、意欲的な企画の自主オペラ公演を続け高い評価を受ける一方、沢山の市民オペラ団体のご要望に応えて、助っ人として活躍、各地で市民オペラ公演を成功へ導いて来ました。これからもひとつひとつのご要望に誠実に応え、日本オペラ界の発展に縁の下の力持ちとしての役割を果たして行きたいと思っています。

ニュー・オペラ・プロダクション 代表 杉 理一

演出、制作で協力します

■ニュー・オペラシアター神戸主催公演「末摘花」(合唱付版初演)

2013年2月16日、17日<尼崎アルカイック・ホール>

ニュー・オペラシアター神戸に演出を頼まれたのは、2007年の「魔笛」以来ですが、今回は「末摘花」に新たに合唱曲を加えた版を作り、初演したいという注文です。寺嶋陸也さんが、どのような合唱曲を作曲するか、楽しみです。

■和歌山市民オペラ協会公演「末摘花」

2013年9月 

和歌山では2011年9月4日、主宰の多田佳世子さんを初めとする和歌山市民オペラ協会地元歌手の方達の一致団結した熱演、好演で「末摘花」をみごとに上演し、地元の皆さんに大変喜んでいただきました。そして、是非、再演したいとのお申し出です。 より完成度の高い公演をめざして、ご協力します。

演出、制作で協力しました

■平成23年土岐阜市指定事業 オペラ「末摘花」公演 制作協力・演出

初演当時の末摘花
2011年12月10日<岐阜市じゅうろくプラザ>
岐阜市じゅうろくプラザ指定管理者のTHBファシリティズからの制作・演出依頼で、研究生発表会規模の低予算という厳しい枠内でしたが、赤字覚悟で上質の公演に仕上げました。ところが、上演は、衣裳の一部を提供してくれた地元のきもの学院の「十二単衣ショウ」(入場料三千円)の第二部の無料公演という「オマケ」的公演になり、オペラの事前PRは殆どされた形跡がなく、たださえ少ない観客が、第一部が終わったらゾロゾロと去って、舞台が東京公演にもひけをとらない質の高いものであっただけに大変悔しい思いをしました。
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■東邦音楽大学オペラ定期公演「魔笛」 制作協力・演出・台詞台本・字幕監修

「魔笛」ちらし
2012年2月4日5日<大学構内・川越グランツザール>
10~12日<めぐろパーシモン>
ダブル・キャストで出演者数が多く、合唱は舞台経験の全くない大学生、それに高校生もまじり、場面数が多いオペラで、しかも、規模の全く違う二つの会場でセットも変わらざるを得ないのに、殆ど間をおかずに5回も公演するのを仕切るのは大変な苦労でした。しかし、いいキャストとスタッフに恵まれ、学生達も稽古が進むにつれて気分が乗ってきて、大蛇やライオン、虎、兎の着ぐるみを着た学生、黒塗りの奴隷に扮した学生、みんな、とても楽しそうで、最終的には熱のこもった上々の出来の舞台に仕上がりました。
この公演の楽日が総監督の畑中良輔さんの90才のお誕生日で、打上会で、それが祝われました。残念ながら、私は、その日、次の仕事で金沢へ行っていました。
音楽の友4月号に、オペラ「魔笛」公演の模様が掲載されています。

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■北陸三都市提携公演「テレフォン」「泥棒とオールドミス」 制作協力・演出

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212年2月17日<石川県金沢市石川県立音楽堂邦楽ホール>
        19日<富山県射水市高周波文化ホール>
        21日<福井県坂井市ハートピア春江>

NOP第6回公演で森公美子さんが演じて、大好評だったオペラを、今度は人気者の中島啓江さんで上演したいので、という協力要請に応えた公演でした。ボブ役の羽渕君以外の出演者も、同時に上演される「テレフォン」の二人の歌手も地元出身者。稽古はスケジュールのたて込んでいる中島さんに合わせ、殆ど東京で行われましたが、私は上記、「魔笛」の稽古と重なり、調整が大変でした。
ところが、肝腎の中島さんが他の仕事に追われ、音楽を憶える暇がなく、その上、足を痛めたり、風邪を引いたりで、坂井の公演が終わるまで、毎回ヒヤヒヤさせられました。達者な演技力で窮地を何とか切り抜けた中島さんの必死の努力と他の出演者の熱演、好演でまずまずの成果を上げることが出来ましたが、三公演とも開演前に主催者が、中島さん不調のお詫びのスピーチをしなければならなかったことは大変残念でした。

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