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【追悼・清志郎さん】



国立・多摩蘭坂・近影




告別式の写真をUPする事に関して暫く悩み、この文の内容もなかなか上手くまとまらずに
多くの時間が経ってしまいました。
最終的に追悼の意味をこめて、ここにひっそりとページを作ろうと思いました。

私が清志郎さんをパッと思い出す記憶といったら
「ベイビー!逃げるんだ。」が使われてた車のCMや、
「RAZOR SHARP」のインパクトのあるかっこいいレコードジャケット、
(これはリアルタイムで気に入ってよく聴いていた)
親が買っていた雑誌の表紙が「OK」だった、
30代の人々には暗黙のあのコラボ曲・・・と実に断片的ですが、

こういった子供の頃の記憶は「全盛期真っ只中・最先端・80年代色」
といった言葉で埋め尽くされています。

敢えて書きますが、10代の頃、ファンの女友達が清志郎さんに対して口々に言ってたのは「可愛い」。
まるで自分のモノみたいに言うのでした。
女子はミーハー的な要素を多く占めているものです。
でもそれは女子の立場から言わせてもらえればロックスターたる魅力の
大きなポイントなのではないかと思うんです。
可愛い、と表現した意味は私なりに少年性みたいな部分だと解釈してました。

少し距離を持って見ていた私の目からも男子の持つ、かっこよさや憧れとは
一味違う感情が湧いてくるのが清志郎さんでした。
でも、私が男に生まれていたら、間違いなく (いくら勘違いと言われても!)
あの髭を真似していたことでしょう・・・。

学校でも社会に出ても、今現在も身近に熱心なファンが居て、
何の苦労もなくRCの音源を聴ける環境にあった中で(しかもそれが初期の音源に偏り気味だった為)
私はイッパシにRCを聴いた気になっていましたが、自分で見つけたわけじゃない、
物凄く気遅れ感があるバンド、というイメージがずっと付き纏っていました。
(歴史が長すぎて今さらファンに追いつけないという感覚)

しかし先日、76年・京都府立体育館でのライヴ音源、「まぼろし」を聴き、不遇時代のRCの心をえぐられるような負のパワー全開の音を聴かされると、やっぱりこういう下地があるからこそ、今日までの清志郎さんがあるのだ、と声を大にして言いたくなりました。もう何万人の人が書いたり言ったり思っていたりするのかもしれませんが。

こんな私のようなファンでも告別式に行っていいのだろうかと思いましたが、
闘病中からずっと復帰を祈っていましたし、思いよりも先に足が青山へ向いてしまいました。

声を失うことと引き換えに病気が進行してしまったとしたら本当に残酷です。
そう思うと今は穏かに病気の苦しみから逃れられたのだろうと思います。
もうラジオやTV、映画にひょっこり出てたり、ライヴで歌う姿を観られないと想像すると
とても寂しくなりますが、ふわっと優しくなれたり、胸を締め付けられたり、開放されたり、ぶっとんだり、
色んな気持ちにさせてくれた清志郎さんの音楽に今はただ感謝するばかりです。

私と同世代の似た様な距離感で今まで来た方には、近年の「KING」「GOD」「夢助」を薦めたいです。
私自身は現在未聴の(空白の)部分を少しづつ埋めている所です。
これを書いてる最中も「仕草」とか「温故知新」「雨の降る日」「オーティスが教えてくれた」
等を聴くと涙が出てきてしまうのですが、暖かい涙なのか悲しい涙なのか、まだ整理がつきません。

今後は渋谷陽一さんの追悼本に期待を寄せています。(もうすぐですね)
若手バンドのトリビュートとかじゃなくて(私の周囲のファン達の声です)
渋谷さんのようなゆかりのある人達の貴重なお話を聴きたいです。

2009-06





5月9日16時頃、乃木坂駅から係員の人に従い長い列に並びました。



・ライヴに行くかのような服装をした人々も居ましたが
喪服姿の人が多く(私も)皆静かにじっと待ってました。小さい子供を連れたファンも
多くみられましたが・・・。50代〜年配と思しき方々から20代ぐらいの人まで
幅広い年齢層だった印象です。




・既に日も暮れ20時近く。
ブレていて恐縮ですが、橋の向こう側にも人・人・人の大行列。
夜空に東京タワーと満月が見えとても綺麗でした。
「夜の散歩をしないかね」 の美しい旋律が聴こえてきそうでした。






・青山葬儀場に入ってきた所。
「ステップ!」「スローバラード」・・・大きな音で流れ、
ファンの人達は並びながら歌っていました。
この中でも会場に入る順路が区切られ会場までの道のりは遠く、大混雑。









会場に入る所に大きな看板と風船。
ファンからの花束などは事務所の方が預かる場所が設置されていて
「ファンからの贈りもの」が流れており、ちょっと心が和みました

果たして4万人の分があったのでしょうか。
清志郎さんのポストカードが各自に配られました。途中で記帳(カード式)もしました。
祭壇の前では薔薇の花が一本づつ配られ、順次献花していきました。





多くの著名人の名前が連ねられていました







真っ赤な花々にピンクの縁取りに囲まれた清志郎さん。
周りには自転車やギター、愛用の品々が。献花してからも外で泣いているファンが大勢居ました。
カラフルなロウソクも所々に並べられ、まるで
華やかなパーティが行われているかのようでした。













・会場外にディスプレイされていたポスターやコンサートで使われていた小道具(こたつ等)
千羽鶴はファンの方々から送られたものだそうで、沢山の数でした。


改めてご冥福をお祈りし、私なりの追悼とさせて頂きます。



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・会場で頂いたポストカードはピンクの額に入れレコード棚に飾りました。






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