『愛のコリーダ』
【LE’MPIRE DES SENS】
(1976年 大島渚監督)



2000年、「愛のコリーダ2000」としてより本物に近い物として劇場公開されたこの作品には何故か思い入れがあるのです、元々大島監督の作品が好きだったというのもありましたが、これは映画という概念、モラルを超越してしまっているので、自分の中では、このHPで紹介した様々な種類の作品群とは別モノという感覚があります。

初めて観たのは、10年程前ですが、この時は殆どボカシで何がなんだかホラーでも観ている気分で、これじゃあ監督怒るよなぁという印象でした。

当時のパンフレットを読むと、1976年という時代背景が伝わってきて、やはり、こういう形で上映されるのに日本では25年もかかったという事が(フランスでは勿論当時も無修正だったのだから)おかしな話だと思います。カンヌ映画祭の「監督2週間」というイベントの中で、なんと14回も上映された程の盛況ぶりだったというのには驚きました。
子供時代からこの映画のスキャンダラスな事ばかりが情報として耳に入っていましたが、興味本位で見る様な内容では決してなく、むしろとても厳粛で見ていて緊張感がありました。
そして、戸田重昌さんの美術も美しくて、お祭り騒ぎ的な華やかな見せ場
もあれば、アナーキーだーと思わせる強烈な場面も出てきます。
吉蔵(藤竜也)が軍隊とすれ違うシーンに象徴される社会的な背景も写し出され、(ここは分かり易すぎとの意見もあるようですが、私は好きなシーンです)ラストに向けて吉蔵と定(松田英子)が社会的に孤立し、2人の世界に入っていく様子がダイレクトに伝わってきます。定のセリフや子供を追い掛け回すイメージ的な映像が、定の不幸な半生をうかがわせ、定は吉蔵に父親的な物を求めたのでは?などと、この映画を見た友人と話をしたりしました。
勿論、私自身は定には共感しませんけど、多少、女性として分かる部分も無きにしも非ずで。男女ってのは理屈じゃないですから・・・、でも自分本位だし、大体自分だけ生き残るってのがどうも都合よすぎるんですよねぇ。

この実話については田中登監督の「実録阿部定」も拝見したんですが、こちらは吉蔵を殺害してからの様子に重点を置いていて、主人公2人の世界をより濃密に描いた点が興味深かったです、こちらは傑作と言われているものですが、コリーダとは対極の描き方できっと田中作品の方がより現実的なんではないかと感じました。でも、自分自身の意見としては、大島作品の独特な映像美の方に惹かれてしまうんです・・・。「愛の亡霊」にしても、冒頭の人力車の影絵のような映像がとても好きだったりするように、私自身、耽美な世界を映画に求めてしまうんですよね。
まだまだ語るとキリがなくなってしまう程この作品は深いのかも。やっぱり「観ていない」のと「観た」のでは全く違うと思うので賛否両論あるにしろ、観ておくべきじゃないかと思います。

(↓2003・3・4/日本初公開当時のチラシ画像追加。以前、旧文芸座にて購入したものです)




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