1999 東北
2年生の時の夏合宿は東北。メンバーは小島、長野(盛岡まで)、神村(塩釜〜盛岡)、山沢さん(塩釜〜八幡平)、貞末(盛岡〜)と、入れ替わりの激しいメンバー構成だった。灼熱の夏合宿を予備合宿から紹介。
霧が峰→麦草峠
予備合宿のコースは茅野−霧が峰−麦草峠−八千穂だった。役員だった自分は必然的にスイーパーとなる。合宿初参加の1年生たちは1000m近く登る峠にやや参っていた。コース最高地点の霧が峰の売店に我々が着いた時、既に集合写真を撮り終えた多くの人たちは我々を置いて先に行ってしまった。
霧が峰付近の尾根沿いを通るビーナスラインは有料(現在は無料化)だったのだが、O畑らは料金所の強行突破を試みる。料金所の手前から勢いをつけて一気に突破を図ろうとすると・・・「待て、殺すぞ、こらぁ!!」と料金所のオヤジはぶちきれた。
翌日は麦草峠を登る。25km程で、約1500m登る。この道はメルヘン街道と名前がついているのだが、原生林に視界をさえぎられちっとも景色が良くない。しばらく走っていると雨が降り始めた。そして前方には男子コースも走りたいと男子コースを先回りしているお茶大の方が。お茶大の方を追い抜くとまた雨が止んだ。そして頂上でお茶大の方が到着するとまた雨が。雨女はこの人たちに決定。麦草峠の下りは霧ときついコーナーのためにかなりびびった。下りきって今夜の寝床は小海線の八千穂駅。15人近くで駅寝をするのはあまり良くない。
上田→会津若松
予備合宿の解散地点の八千穂から、同期の外川の実家がある上田は近い。長野駅から会津若松まで列車移動しようとしていた我々は外川家にお世話になることになった。実家が近づくにつれて先頭を走ると側のスピードがどんどん速くなっていく。実家パワーってすごい。
外川家に1泊した翌日、会津若松に向けて移動。長野駅まで自走して、そこから輪行の予定。飯山線と一瞬上越線、そして只見線を乗り継いでいく。只見線は一日に数本しかない超ローカル路線。我々と同じく始発駅から乗り込んだ客が2,3駅先で降りるとその先3時間くらい乗客は我々のグループだけ。ゴトゴト揺れながら進んで行く鉄道の旅も面白い。会津若松に着いたのは9時過ぎだったのでこの日は駅寝。
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| 上田城。残念ながら天守閣はない。 |
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| 只見線の駅で。只見川にはずっと霧がかかっている |
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磐梯吾妻ライン
猪苗代の町から磐梯吾妻ラインを通って白石まで抜ける予定だったが、この日も天気が良くない。1000m近く登った土湯峠も霧で景色が何も見えない。これだけ登って景色が何もないと腹が立つ。さっさと移動することにした。下りきって目的地の白石に着いた。寝床を定め、だらだらしてから4時過ぎに銭湯に行くと、「4時半までだから」と言われる。4時半に閉まるの?そんな銭湯があるのだろうか?
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| 土湯峠の頂上写真。景色が何もない。 |
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| 吾妻山の火口。 |
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松島、牡鹿半島
白石で泊まった晩、ピークワンが故障する。修理が必要と判断したので、蔵王を諦め仙台に直行する。仙台は都会だ。車が多い。この日の寝床は松尾芭蕉も賞賛した松島。が、この場所はただの観光地と化していて、車が多くさらにスーパーを発見できなかった。仕方なくコンビニでそうめんをたくさん買い込み、これを夜ご飯とした。夜もいつまでも車が通行しとても寝にくかった。
松島の次に牡鹿半島を目指した。ここで我々を苦しめたのは灼熱の日差しとリアス式海岸だった。その激しいアップダウンは我々から体力を奪い、半島の先端の町、鮎川に着いた時はへとへとだった。夜、公園で自炊していたら隣のバーのおっちゃんに鯨の肉を差し入れしてもらった。この日、仙台に到着した外川班から飲み会のお誘いあったが、当然のごとく参加できず。
牡鹿半島の反対側を走り、再び塩釜まで戻る。ここで神村と山沢さんが合流。以降、神村の「暑い、川に入ろう」、「暑い、海に入ろう」と言う発言によって水遊びが増える。
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| 松島。うまくジャンプできた |
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| 牡鹿半島。暑かったことしか覚えていない。 |
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魚
合宿に行くと、調理が面倒と言う理由でほとんど魚を食べる機会がなくなる。我々も例外ではない。しかし、今回のコースでは日本でも有数の漁港である気仙沼に泊まった。気仙沼のスーパーを覗くとやはり魚が豊富だ。何がおいしいかと言うことを話した結果、かつおの刺身にすることにした。合宿で刺身を食べるなんて考えたことがない。この刺身のためだけに刺身醤油を共通費で購入し、早速食べる。思わず笑顔が出てしまうほどおいしかった。グルメじゃないこの班ではめったにない至福の瞬間だった。
盛岡・・・やっぱりわんこそばでしょ
旅は北上を続け、盛岡に着いた。盛岡と言えば「わんこそば」。2年前にあっさりと250杯の記録を達成したK藤さんの記録に挑む。が、この日を休養日と位置づけ昼間は車で龍泉洞までドライブ。ついでに岩手山の温泉に入ってしまった。この日合流の貞末も新幹線の中でポッキーを食べてしまう調整ミス。が、そんなことを言ってもやはり挑戦した。長野が50杯ちょっとで早々に脱落し、貞末も100杯でストップ。一人が止めると、給仕さんの担当分が減って残っている人に入れるペースが速くなって苦しい。自分も121杯でダウン。今回の記録は小島の155杯(?)。同時にこれが今年の記録となる。食べた後は当然盛岡駅前で動けなくなった。
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| 盛岡駅前で。この後わんこそば挑戦 |
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| 挑戦後。動くのも苦しい |
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八幡平
盛岡から西に方向を変え、田沢湖を通り八幡平へ向かう。田沢湖に向かう途中の秋田・岩手県境の長いトンネルの中で外川班とすれ違う。田沢湖から北へ向かい、八幡平の麓の何もないキャンプ場に泊まり、翌日八幡平を登る。ここはおよそ800m登る。高校生の時も八幡平に登ったことがあるのだが、その時は霧でなんにも景色が見えなかった。今回は景色が見えるといいなと思いながら登った。3時間弱掛けて登った頂上はとても景色が良かった。散策コースも周り今回は八幡平を満喫できてうれしかった。
八幡平を下りきった商店で見慣れた自転車を発見。お茶大の人たちの班だった。これから八幡平に登るらしい。Oぐっちゃんはうれしそうにわんこそばで100杯超えたことを報告してくれた。そこからちょっと進んだところで見つけた看板「盛岡まで50km」。「二日掛けてこれしか進んでないのかよ」貞末がポツリ。
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| 田沢湖。 |
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| 八幡平頂上。散策コースで |
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| 散策コースからの景色 |
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| 麓の東八幡平温泉で合流写真 |
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十和田、奥入瀬
次なるポイントは十和田湖と奥入瀬渓谷。どっちも景色がすばらしいと期待。十和田湖の手前にある発荷峠に着いたのは夕方に近かったがそこからの景色はすばらしかった。この日は十和田湖畔にある生出キャンプ場で寝る。このキャンプ場、電子レンジもテレビも備えていてキャンプ場らしくない。この日は米を切らしたため、スパゲッティ1kgを3人で食べる。焦って1回で作りきろうとしたため、大コッヘルでも容量を超えていてコッヘルの底にスパがくっついていた。
翌日、乙女の像などを回りつつ奥入瀬渓流に行く。十和田湖はとても暑かったが、森に囲まれたこの渓流はとても涼しい。白石以降まったく雨に降られることなく灼熱地獄が続いていたので、ここぞとばかりに水遊びをする。貞末は「滝の裏側は濡れないはずだ!」と言って滝の裏側に入っていくが予想通りずぶ濡れになって出てきた。暑い時の水遊び、これは最高だね。この先の食堂でジャイ子が登場する。(Top&Low vol.29.参照)
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| 発荷峠。顔が疲れてる |
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| 十和田湖。乙女の像の前で |
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| 奥入瀬渓流で。 |
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| 同じく。小島流される |
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青森での日々
奥入瀬渓流から先、笠松峠、黒石、十三湖を経て青森に到着。青森での寝床は常に津軽海峡冬景色が聞ける八甲田丸前の公園。恐山までドライブしたり、本屋で涼んだりしながら時間を過ごし、いよいよねぶた祭に挑戦。みんなで跳ねまくり。
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| ハネトの衣装で。両側の二人によって髪の色が変えられている |
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| 跳ねている姿。おばちゃんが邪魔だな |
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18切符で帰京
青森から東京への移動は当然18切符。約16時間、各駅停車の旅。途中2両編成の箇所もあり、こんなところに30台近い自転車を押し込むのは本当に迷惑な話だ。この帰り道、難関がいくつかある。それは一関で1分、古川で3分と言う乗り換え時間だ。しかも、この乗り換えはホームが違うため、階段を移動しなければならない。女の子は苦しそうだ。この難関を無事越えたものの、乗り換えた電車もすごく混んでいる。おまけに自分の輪行袋の上に他の乗客が座り怒る。
仙台で牛タン弁当を買うために電車を一本変えて再び乗り込むと、隣に座ったのはずっと青森から一緒の人だった。この人は日大の野宿研のOBらしい。あんなところに行ったなどの会話を続けるうちに、ビールをもらってしまった。前日の打ち上げの影響でちょっと二日酔だったが仲良く乾杯した。さらに黒磯駅では集合写真まで撮ってもらった。18切符だとこういう出会いもあるんだなって思った瞬間だった。
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| 黒磯駅で集合写真。みんな焼けてるね |
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| 茶色いベストを着ている人が日大の方です |
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この夏合宿はすごく暑かったことが印象に残っている。3週間の合宿生活ではいろいろもめたりもしたが、後で振り返ればそれもいい思い出。またこんな合宿に行きたいといつも思う。