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【田中一光】たなか・いっこう 無印良品の誕生から2002年の死去まで、20年以上にわたって無印良品のチーフアドバイザーを務めた。現代グラフィックデザインの巨匠として名高く、日本のデザイナーの第一人者でもあった。西武セゾングループの経営者であった堤清二氏とも交流が深く、西武百貨店、西友、パルコなどのロゴや各種デザインを担当。無印良品は田中一光氏と堤清二氏のプライベートな話し合いから生まれたという。
【原研哉】はら・けんや グラフィックデザイナー。日本デザインセンター原デザイン研究所主宰。2001年から故・田中一光氏に代わり無印良品のチーフアドバイザーに就任。基本的な方向性は、「すべての人に向けた無印良品」。この考えで、2003年の広告は「無印良品」という4文字以外は一切文字のないシンプルなものを作り、ADC(東京アートディレクターズクラブ)の選出するADCグランプリに選ばれた。
【木内政雄】きうち・まさお 現・良品計画会長。同時に西友のCEO(最高経営責任者)を兼任している。無印良品の事実上の創業者であり、西友に入社後、オリジナル商品やプライベートブランドの開発を担当。数多くの失敗から学んだ経験で無印良品事業部を担当した。発足当初から店舗、スタッフ、商品すべてに携わり、このブランドを作り上げた功労者である。1997年から経営が悪化した西友に戻り、現在ウォルマートと経営提携をして経営建て直しを図っている。
【小池一子】こいけ・かずこ クリエイティブディレクター。西武百貨店宣伝部などを歴任し、無印良品には創設当初からアドバイザリーボードに携わる。なお、アドバイザリーボードとは、ブランドコンセプトを維持するためにデザイナーなどで構成された、ブランド管理のための組織。故・田中一光氏とは長い付き合いで、この2人がシンプルなライフスタイルのあり方について考え始めたのは、なんと無印良品ができる前からだという。本人曰く、「誰の心の中にもある普遍的な気持ちを、実際の商品に『見立て』ることが、無印良品の基本」とのこと。
【山本耀司】やまもと・ようじ Y’sやYohji Yamamotoなどを手がけるアパレルデザイナー。"モードというモノで、モードを否定するという感覚"を持っており、洋服はシンプルで無着色なデザインできれいなシルエットのものが多い。反骨精神と哲学性を示すという、その神秘的なまでに美しいシルエットには世界的な定評がある。2002年秋からは無印良品の衣料を全面的に監修。
【堤清二】つつみ・せいじ 西武セゾングループ元代表。東大卒業後、西武鉄道の経営者であった父親・堤康次郎の百貨店事業を担当。後に西武流通グループ(=西武セゾングループ)のトップになる。西友、パルコ、ファミリーマート、セゾンカードなど、多様な事業を展開し、1980年、シンプルなライフスタイルの提案として、西友から無印良品を立ち上げる。田中一光氏や小池一子氏など、有名デザイナーを起用し、文化戦略を展開したことで有名。自身も辻井喬のペンネームで文筆活動を行ったほか、セゾン美術館、セゾン現代美術館など芸術に関わった。1991年にセゾングループ代表の座を下り、経営から離れている。文章は辻井喬(=堤清二)著『深夜の孤宴』より。
【杉本貴志】すぎもと・たかし インテリアデザイナー。1970年代から西武百貨店の店舗デザインなどを担当、その人脈で無印良品にも携わるようになり、店舗デザインを中心に活躍。1983年には誕生した路面店第1号の無印良品青山の店舗デザインを担当したが、廃材を利用した店舗デザインは、リサイクルに対する志向の強い無印良品の強い哲学性を示し、大きな反響があったという。
【深澤直人】ふかさわ・なおと プロダクトデザイナー。2002年から無印良品アドバイザリーボードに就任。人の無意識のもとでの行為や現象から、製品化のヒントを得る考え方でデザインする。壁掛式CDプレーヤはその代表作。 このほか、数多くのスタッフと、それを愛するお客さんの力で、無印良品は成り立っています。 そしてこのサイトも、無印良品を支える一派……のつもりです(笑)。 【参考資料】 『深夜の孤宴』辻井喬 『われらデザインの時代』田中一光著 『BRUTUS CASA 無印良品の秘密!?』 『良品計画 会社案内』 その他新聞、無印良品カタログなど。 |
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