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無印良品は1980年、西友のプライベートブランド(オリジナル商品)としてデビューしました。
当時の西友は、セゾングループのオーナーで、かつ小説家、芸術家であった堤清二氏が経営に携わっており、
その堤氏が、華美な装飾で見た目ばかり重視し、実質が伴っていない食品メーカーやアパレルメーカーの商品に疑問を感じ、
自らがシンプルで機能重視、実質本位の商品群を作り、シンプルなライフスタイルの提案を行おうとしたことが、その始まりです。
そして、ブランドの管理をするアドバイザリーボードには、現代デザインの巨匠である田中一光氏を第一に置き、
芸術家でもあった堤清二氏の経営のもと、神秘的なほどシンプルで、かつ機能に徹した、使いやすい商品群が生まれました。
当初は、西友の食品売り場および雑貨売り場、西武百貨店14店、ファミリーマート6店で40品目を扱うに過ぎませんでした。
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むじるし・りょうひん。西友がガッチリ組みたてた商品群です。
食べものなら、おいしく。日用品はしっかり役に立つことが原則。
ソシテどこまでどうして、安くできるかを徹底追求したのです。
素材、工程、包装の3段階で、それぞれの商品特性を生かして
コストを引きしめ、規格や見た目よりも実質を選びたい。
私たちの結論を、あなたにお渡しします。
<西友・無印良品1980年のポスターより抜粋>
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華やかな経済成長期が続く時代には、ちょっと変わった情報発信でしたが、その反響は大きかったようです。
右肩上がりの人気を背景に、無印良品は1983年には独立店舗の無印良品青山を出店。
西友・西武・パルコなど西武セゾングループを中心に、百貨店などに出店してゆきます。
1989年には西友から独立し、良品計画という会社を設立。有名ブランド化への一歩を踏み出します。
1990年代に入ると、アイテム数の増加とともに店舗も大型化。1991年には、海外進出を果たします。
さらに、東日本キヨスクと提携して駅構内にコンビニ型店舗を出店、インターネットショッピングにも進出しました。
このように著しい成長を遂げてきた無印良品ですが、実は根本的な部分は変わっておらず、
ブランド管理の最前線に位置するアドバイザリーボードのメンバーは、1980年頃のスタッフがまだ残っています。
コンセプトも、シンプルで飾らない、機能重視のモノづくりと、シンプルなライフスタイルの提案という考えを、
ずっと保持しつづけてきました。
厳しい時代背景にある現代ですが、無印良品は良い意味で、今後も変わらぬ姿を見せてくれることでしょう。
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1980
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西友が無印良品を新発売。われ椎茸など40品目。
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1981
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衣料品も発売開始。婦人ソックスなど。
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1982
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西友、「量販店廃業宣言」。無印良品販売強化へ。
西武セゾン系以外の店舗への卸売販売も開始。
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1983
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初の独立店舗である無印良品青山が開店。
U字型スパゲティ、紙菅ラック発売。
渋谷西武に独立店舗開店。インショップ化が始まる。
一部商品の販売元を西友からパルコ、西武百貨店へ変更。
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1984
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三輪車など発売で、取り扱いアイテムが1000を突破。
西友でもインショップ化を開始。
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1985
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無印良品事業部創設。首都圏を出て全国展開へ。
シンガポールに初の海外ショップを開店。
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1986
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海外生産調達開始。
サマーキャンプ開催。
ペルー綿ソックス、カップゼリーミックス発売。
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1987
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初のファッションショー開催。
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1988
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「無印の本」発行。
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1989
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(株)良品計画として独立。卸売事業拡大。
アルミ700C自転車発売。
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1990
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一部を直営店舗にし、良品計画が店舗営業をはじめる。
商品管理システム導入。
レタスクラブ無印良品特集発売。
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1991
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改めて海外に進出。
セゾングループ代表の堤清二氏が経営から離脱。
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1993
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取り扱いアイテムが2000を突破。
あぶらとり紙、シューチョコ発売。
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1995
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良品計画、株式公開。
良品大賞開催。
初のキャンプ場(津南)オープン。
家電新商品発売、取り扱いアイテムが3000を突破。
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1996
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生花事業に進出。
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1997
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初めてアウトレット店を出店(新潟県長岡市→後に撤退)。
初めて2000uを越える大型店舗を出店(広島ウィズ、藤沢)。
ISO9001認証取得。
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1998
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取り扱いアイテムが4000を突破。
リップバーム発売。
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1999
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東日本キヨスクとの提携で無印良品comKIOSKを展開。
ダンボール組立式スピーカー、中性ボールペン発売。
インターネット通販を試験的に実施。
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2000
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カフェ事業に本格進出(京都プラッツcafe MUJI)。
初めて3000uを越える大型店舗を出店(京都プラッツ)。
レンタサイクル、インターネット販売を開始。
バナナバウム、カラーオーダー自転車、DVDプレーヤ発売。
無印良品Walker発売。
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2001
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大型旗艦店の有楽町、難波がオープン。
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2002
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アドバイザリーボードの田中一光氏が死去。
衣服雑貨の監修を山本耀司氏に一任することに。
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2003
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住宅事業への本格進出を開始。
Casa BRUTS無印良品特集発売。
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