…っていうと大袈裟ではありますが、
バイクに出会って20ン年、色んなバイクに触ったり乗ったりしました。
そいつらを出会った順にちょっと振り返ってみませう。
持ってたのがメインですが、持っていないモデルでも
(む)的バイク歴の上で欠かせないと
思っているのも何台か含めました。


名前
メーカー
コ メ ン ト
RD50 ヤマハ FXからRDになった最初の型。忘れもしない初めて触ったバイクです。ちょっと乗ってみ、と友人にそそのかされて乗っては見たものの、そこはビギナー(もちろん無免)の悲しさ、お約束のごとく3m走って見事にコケました。(笑)。クラッチレバーは曲がり、ケーブルも切れてしまいました。私のココロにはバイクへの恐れが・・・。
CB50 ホンダ JXになる前のタンク真ん中に合わせのあるタイプです。近所のお兄さんのものでありましたが、練習用によく借りたもんです。エンジンがかなりヤレており、全然パワーが無かったのですが、それがかえって乗りやすかったような。
FT50 ヤマハ GT50ミニトレの前身。記念すべき初めての自分のバイク。
3万円で譲ってもらいました。エンジンは現在のYD50と同型式のロータリーバルブ。スタイルはかのDT−1をそのまま小さくしたもので、なかなか気に入っておりました。これ以降すっかりヤマハのオフ車党になってしまった。
MR50 ヤマハ モノサスになる前のダウンマフラーのタイプ。ミニトレを事故で潰してしまい、しばらくオトナシクしてましたが、やはりどうしても乗りたくなり、近所のバイク屋から中古を5万で買いました。結構ヤレてて、納車のときに10kmばかり走ったら、もう嫌になり新車に買い直しましたとさ…。
TY50 ヤマハ MRの代わりに買った初めての新車。
当時既にモノサスMRが発売されており、なんでそれにしなかったのか今もナゾ。でもTYのほっそりしたスタイルとグラフィックは大のお気に入りでした。大きさもミニトレと違いフルサイズだったし。
XT250 ヤマハ 初めての250。
ホントはXL125で十分と思ってたけど、友人が買ったXTに乗せてもらい「負ける訳にはいかん!」。…という訳で購入。買って3kmで初ゴケは悲しかった。でも山に河原にバイトに買い物にと随分遊んでもらいました。
XT250T ヤマハ 前作XTはスタイルなんかも割とモッサリした印象でしたが、こいつは最新のデザインと装備で、すごくカッコ良かったなぁ。発売半年前に予約したもんです。DOHCになってサスも格段に良くなって、オフではとても使いこなせない。でもツーリングバイクとしても良いバイクでした。
VF400F ホンダ 先輩が持ってた市販バイク初のフルカウル装備。
ちょっとだけ乗せてもらったら、トルクは厚いは真っ直ぐ走るわ(オフ車ってなんかフラフラしますよね)でオン・ロードモデルも良いよなぁ、と目からウロコが落ちました。SRXを衝動買いするキッカケを作ってくれたバイクです。
SRX4 ヤマハ YSP仕様の赤い奴。
雑誌広告を見て一目惚れして衝動買いしました。初めて買ったロードモデル。400単気筒のトルクと振動とオンザレールな直進性(別にロードモデルじゃフツーなんだけど)にベタ惚れでありました。これがキッカケで限定解除を目指すことに…。当然次はSRX6だぁ!
CBR750
ハリケーン
ホンダ 初めてのナナハン。
いざ限定解除してみると、400と変わり映えしないSRX6より、もっと大型らしいのに乗りたいという見栄が…。んで中古を60万で買いました。フルカバードで丸っこいスタイルが好きだったので。でも並列4発エンジンはなんだか急かされるみたいな気がするし、モーターみたいで振動無いし。スピード出すことに興味の無い身には、なんともツマラナイ…。良いツアラーだったんですケドねぇ。4ヶ月で手放しました。
XT600Z ヤマハ 元来意味も無くオフ車が好きだったんで、雑誌でこれを見つけたときは「そうか、こういうのもアルのね」と一安心。デカさと重さはオフ車としては反則だけど、ツアラーとして乗るんだったら問題ないじゃん。だいたい林道とか、あまり行かないヒトだったし。ビッグシングルってのにも乗ってみたかったしね。SRX6と同じエンジンだったけど、4とは大違いで、結構な振動だった。高速で120も出すと分解しそうな(大袈裟だけど)カンジ。90位で流すと、トコトコと楽しいんですけどね。こいつで初めて北海道に行きました。
XTZ750
スーパー
テネレ
ヤマハ テネレ購入後2ヶ月して発表になった、ヤマハ・オンオフバイクのフラッグシップ。
最初はデカすぎると諦めましたが、スタイルに惚れてやっぱし買うことに。納車の日に既に後悔してた。だってクソ重たい上に片足ツマ先しか着かないし、ジェネシス・エンジンはモーターみたいだし。でも高速ツーリングはメチャメチャ楽だし、他に誰も乗ってないし、で結構気に入ってました。
TLM50 ホンダ 友人から貰ったもの。
当時は50ccとはいえ、本格的なトライアル車でしたので嬉しかったなぁ。でもギヤ比なんかも本格的で、1速がメチャクチャ低くて大変でした。
TY125 ヤマハ TY50以来ずっと欲しかった125。
自走可のポンコツを手に入れましたが、結局キャブ不調が手に負えず、手放しました。今でも欲しい1台です。
R100GS BMW いつかは…と思ってたBMW。
バイクを降りる前の思い出に(笑)と中古を購入。
乗り味は気に入ってますが、いかんせん10年前の機械なもので…。
こいつに関しては、愛車自慢のページで詳しくご紹介します。

1.(む)的”有史以前”とファーストコンタクト(’75〜6年頃)

  昔から”お出掛け”の好きだった(む)は、中学高校と所謂”自転車小僧”だったのです。
当時乗っていたのはミヤタのセミドロップの5段ギヤの奴で、リヤブレーキが生意気にも油圧ディスクだったものでした。ブレーキの効き自体は大したコトなかったですけどね(笑)。
  これで毎週末の模型屋通いや近所の徘徊など、大抵のところへは出掛けましたし、夏にはサイクリングと称して三浦半島やら横浜方面やらへとフラフラと出掛けておりました。
  その頃の(む)のバイクに対する認識というのは、渋滞中の道路を擦り抜けて走っていると、ウシロから来て自転車を邪魔者扱いするし、排気ガスは臭いし、「バイクなんて”自転車の敵”だ!」くらいのものでした。
  高校に入ると、クラスの連中がこぞってバイクの免許を取り出しました。が、私は上のように考えていましたし、全然興味もありませんでした。まぁそんなものです。

   中学生の頃から入り浸っていた鎌倉の某模型店でも、周りの仲間は皆バイクに乗っておりました。殆どの顔見知りの皆さん(某フリーライターのH野氏とか・・・)は、(む)より年長の方々で、既にバイクもプラモも極めた(?)方が多かったので、バイクに興味の出たての高校生なんか相手にしてくれるはずもありません。まぁソレでも「お前、バイクには乗らないのかよ〜」と小突いてくれること位はありましたが・・・。
  唯一同い年の”ミリタリー仲間”のS間クンがとうとうヤマハのRD50に乗り始めた、と聞いてちょっとココロが動いたこともあったかな?S間クンが乗るんだったら(というか”乗れる”んだったら?かな)、(む)も乗ってみようかな?などと思ったのです。
  そのカレが早速RD50に乗って現れ、(む)も跨らせてもらったりしたのですが、周りの皆さんに「折角だからちょっと乗ってみ?」と言われたのが”運の尽き”でした(笑)。悪戯ココロもあり、言われるままにエンジンを掛け、恐る恐るクラッチミートしたところ、イキナリ急発進してしまい、バランスを崩して脇のコンクリ塀にぶつかってしまいました(爆)。まぁぶつかるというよりも”寄りかかって止まる”という程のものでしたけれど。何しろ初めてのことでしたから、「バイクって怖いものだナ」と思ってしまった訳です。今思えば、ずいぶん情けない、でも有り勝ちな話ではありますねぇ。幸いケガは無かったし、S間クンのRDはクラッチレバーがちょっと曲がり、クラッチワイヤーが切れたくらいで、大したコトはありませんでした。はっはっは!

   


2.免許取得と走り出しまで(’78年夏前)

  バイクとの”ファーストコンタクト”はとにかく上のような情けないものでしたが、周りの知り合いも皆バイクに乗り始め、段々興味が沸いてくるのも仕方の無い話です。結局’78年の5月に原付免許を取得しました。取敢えず乗れるバイクは身近には無かったのですが、トモダチが5月1日の開校記念日に原付免許を取りに行くというので、それはイイ機会だと思って(む)も付いていくことにしたのです。
  その日は言わずと知れた”メーデー”の日、平日とは言え試験場は物凄い混雑ぶりに驚いたものです。早めに試験場に乗り込み、余裕をもって申し込んだにも関わらず、午前の部は受験できずに午後まで待たされたり、合格した帰りにウキウキして乗った相鉄は、あろうことか緑園都市の方へ行ってしまったり(単に興奮して乗り間違えたダケ)と、いろいろトホホなこともありました(笑)。
  そういう訳で、晴れて原付に乗ってもイイことになった訳ですが、取敢えず身近には乗れるバイクは無く、すぐ買おうにもバイクの知識も無く乗りたい欲求もソレほどでもなかったので、しばらくは自転車小僧のままでした。
特に「乗りたい〜」とムズムズするようなことは無かったですね。意外に詰まらないヤツですな(笑)。

  そうしているウチに、それならバイクを貸してあげてもイイよ、と近所の知り合いのおにーさんに言われて初めて乗ったバイクがホンダCB50です。
50cc4スト単気筒、ブルーメタリックのタンクのなかなかスマートなバイクでした。後から人気車となるCB50JXの前の型で、タンク中央に合わせ目があり、シート後端にシートカウルのあるモデルです。これが結構ヤレた奴で、エンジンの調子も今ヒトツだったようでしたが、当時の初心者の(む)には分かろうはずもありません。何しろ初めてのバイク、乗り方も操作方法も全然分からないので、同級生のM月クンにレクチャーを頼みました。カレは当時既にCB50JXに乗っていたのです。それならば、ということで、高校の傍の公園でM月クンのバイクに跨り、発進〜停止、クラッチミートやギヤシフトの練習などをやらせてもらいました。自転車と較べてずいぶん面倒だな〜とは思いましたが、車体のボリュームや重さに戸惑いながらも、”機械を操作して走る”という初めての経験にずいぶん興奮したのも事実です。もちろん冷や汗かきまくりでした(笑)。
  何とか”走り方”だけ教わり、いよいよ公道デビュー!という訳ですが、いきなり交通量のある公道を走る自信は(む)には無く、それならば、と翌朝早くにバイクを借り出して近所の空いている道路で練習を兼ねて走ってみることにしました。初めて走る公道は、殆どクルマは居ない状態でも結構恐ろしいものです。なにしろこちらは発進停止の操作にもまだ慣れてない超初心者な訳ですし。家の前の路地から表のバス通りには上手く出ることが出来ました。シフトアップも順調に出来、グングンスピードが上がります(といっても恐らく30km/h程度ですが(笑))。数百m走ると交差点になり停車しました。ココまでは上出来です。
  信号が変り、さぁ行くぞ!とちょっとだけアクセルを捻り、恐る恐るクラッチを繋ぎます。グイッと身体を持っていかれるような感じでバイクが動き出すハズが・・・ストン!とエンジンが止まり発進できません。「あれ?アクセルの開け方が少なかったか?」と思い、再度発進にトライします。キック!クラッチミート、ストン!この繰り返しを5〜6回は繰り返しましたが、なかなか発進できません。もう冷や汗ビッショリになりました。その交差点はバス停に面しており(幸いなことに道路の反対側でしたが)、バス待ちの乗客が数人は居ました。「小僧が何だか苦労してるナ〜」と笑われているよう(いや、実際笑いをかみ殺していたでしょうね)で、ますますキンチョーが高まります(笑)。
  どうにもオカシイ?さっきは上手く発進出来たのにナニがイケないんだ?路肩に寄せて、取敢えずニュートラルに戻してユックリ考えよう、ということで、初めてギヤを掻き上げて(CBはリターン5速なのでニュートラルは1速と2速の間にあります)みると・・・なんだかスカッと空振りしてニュートラルが出ません。このバイク、エンジンはやれてましたけどニュートラルは出し易いはずなんだけど・・・。今度は踏み込んでみると、1速の位置から更に踏み込めてギヤが入る感触が・・・。
  という訳で、実は停車時にギヤがトップのままで止まっていたという訳なんですね。
たかだか50ccのバイクでは、トップで発進するのは、いかに慣れていようともなかなか難しいでしょう。道理で発進できないハズです。
いかにも超初心者がやりそうなミスではあるんですが、それに気付くまでに信号が3〜4回は変ったかも。無事に発進出来た後は、バイクが少し身近になったような気がしたものです(笑)。こうしてバイク乗り出し1日目は終わったのでした。

  それから暫らくは、このCB50で近所を走り回る毎日でした。
交通量の多い海岸線をクルマに混じって走ることで、何となくオトナ社会に加わったような実感を覚えたりしました。初めて給油したときナドは、「そうかバイクを乗り回すのにはお金が要るのか」と当たり前のことに改めて納得してみたり(自転車を乗り回すのに”費用”は要りませんから)とイロイロ経験を新たにしたものです。クギを踏み抜いてしまい、自転車用の修理道具でパンク修理をやってみたりもしました。当然チューブを挟み込んで失敗したりしましたが(笑)。
  そのうち、借り物のバイクでは満足出来なくなり「自分のバイク」が欲しくなってきました。至極当たり前の欲求ですね。
   


3.初めての”自分”のバイク(’78年夏)

  「バイクを譲ってもイイよ」という話しがもたらされたのは、プラモ仲間のF井クンからでした。
F井クンは「鎌倉ホビー」で会う常連仲間の一人で、当時ミリタリー小僧でもあった(む)よりもひとつ歳上で、相当なミリタリーマニアでもありました。当時カレはDT250とFT50のオーナーでもありました。
そのFT50を譲ってくれる、というのです。
借り物のCB50で取敢えずの”公道デビュー”を果たした(む)は、そろそろ自分のバイクが欲しい、と思い始めていましたので、「渡りに船」のこの話しに飛び付きました。結局、自賠責1年付きで3万5千円で譲ってもらいました。
  F井クンの思惑含みの言い値ですし、今思うと値段的に高いか安いかビミョ〜な処ですが、まぁ納得して買いました。
当時はどういうバイクがあって、どういう”乗り方”(遊び方?)があるかも皆目分からない(む)でしたので、FTが既にかなりの旧型で、それなりに”ヤレた”物だったか、というコトは分かりませんでした。でも、DT−1をそのまま小さく縮めたようなスタイルとか大きさは気に入っていました。だからイイのだ!


・・・続く(のか?)


バイクのトップへ戻る