2012年5月10日(木)
  3月末には、静岡・名古屋方面4ケ所。
 4月中旬には、鹿児島から入って太宰府にぬける11日間九州ツアーの頭の中の旅じゃない、
 本当の旅に出かけてきました。
 全行程、車移動。一日のみの休日と若者なみのスケジュールのなか、知己、文男ちゃん、小杉さん、
 モトオカに、全行程 運転などをボランティアしてくれた鹿児島の秋葉君との珍道中。
 (小杉さんは「9勝1分け、悪くなかったんじゃない。」と総括してました。どの日が1分けじゃい!?)

  九州ではこの高橋知己カルテット featuring 渡辺文男は随分楽しんでもらえました。
 本当に長い間、(たぶん渡辺貞夫さんがアメリカから帰国して以来だからもう40〜50年間?)
 日本の Jazz を聴き続けてきたんだという自負が、生活の中で楽しんできたんだぞという落着きが、
 演奏していて身に沁みました。
 「嗚呼! Jazz を楽しんでくれる人には Jazz は楽しい音楽なんだ。」とうれしくなりました。
 モトオカ日頃から、 Jazz を初めて聴く人のとって Jazz ははたして意味あるのだろうか?を音楽の発想の
 はじまりにしようとしていたので、何かホームに帰った安堵感とも感じました。
 それと同時に、共有されるとこんなにも存在する事があたり前な音楽が
 一方に(聴く側だったり演奏する側だったり)拒否されるとあとかたもなく消滅するのだなという
 厳然たる事実も胸に思い起こされました。
 Jazz は本当にやわな存在です。まるで人間のように。
 演奏する人の中にもその外部との交換があり、何かが動き、音として空中に投げ出されたものを、
 聴き手その人その人が生活の中で様々な外部と交換があり、そこで作られた感性が感情が情熱が愛着が知識が、
 音に反応感得してはじめて成立する存在であって、そのどこかが欠けるとそれこそ動的平衡は失われて、
 消滅するのですね。
 ですからおもいついて神様に感謝もしたくもなりますって。(おや 何かまたやけっぱちですね。)

  指揮者のバレンボイムがサイードとの対談「音楽と社会」でこんなこと言ってます。
 「フルトヴェングラーは音楽を哲学的に理解していた。
 彼の理解では、音楽というのはなにかの表明ではないし、存在でもない。それは生成なのだ。
 音楽はなにか重要な一節を表明するものではない。
 そうではなくて、どのようにしてそこに至るか、どのようにそこを去るのか、どのように次の段階に
 移行するのか、そういうものなんだ。」
  サイード 「フルトヴェングラーで僕はいつも深い感銘を受ける特徴はきわめて流動性の高いプロセス。
 君の言葉を借りれば < 移行・ Transition > という感覚だ。
 それは、その場でおのずから解決を見いだしていくようなものだと思う。
 そこに予告はなく、プログラムもない。」

  こりゃ Jazz じゃないか !!
  モトオカ君 C.D. 借りに図書館に走ったね。

 2012年2月26日(日)
 「まっ  たいていは勘だったんだよなぁ。」
 (えっ?なんですか やぶから棒にはじめっから。だいたい主語がないんじゃないですか。主語が!
 何が勘だっていうんですか?何が!)
 「やっと苦しい浪人生活が終わって大学に入った時だって、現代詩が何故か好きになって、
 訳も分からないのに現代詩文庫とか買って、田村隆一とか、黒田喜夫とか、谷川 雁だとか、
 訳が分からなくとも毎日読めば必ず道はひらけるだろうなんて、勘だよな。
 なにしろ訳のわからないものを選んでんだから!」
 (あっ昔話なんですね。昔話でそれで主語は「訳の分からない現代詩を読み続けることを選んだのは」
 ですか?長いね、こりゃどうも。それって1970年頃の話ですよね。)

  「そうよな。たとえば田村隆一さんの「幻を見る人」はこうだよ。
 < 空から 小鳥が堕ちてくる
  誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のため
  野はある

  窓から叫びが聴こえてくる
  誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのため
  世界はある

  空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか堕ちてこない
  窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴こえてこない

  どうしてそうなのかわたしには分からない
  ただどうしてそうなのかをわたしは感ずる

    ・・・・・  >

 難しい言葉はないから何か分かりそうだけれど分からない。
 これを毎日読むってさ」
 (へーっ?)

  「Jazz だってそうだよな。あの頃っていわゆる Free Jazz がたぶん全盛だったんだろうね。
 モーニングサービスでコーヒーの安い朝の時間から、新宿東口のジャズの喫茶ビザールに
 吉本隆明さんの新作持ち込んでねばることねばること数時間。
 ほとんどはドギャーウギャードシャブシャキーの Free Jazz! 時代と合っていたんだろうね。
 それで慶応の Jazz 研究会入部して、Jazz 始めたんだもの。ずうっとやっていればいつか訳が
 わかるようになるって勘でしょ?」
 (はいはい。オジサン何が言いたいのですか?チョット僕時間がないんだけどなぁ。)

  「だって北海道では吹奏楽ではマーチ・命!
 マーチを一生やっていければ悔いはないと思っていた中学生が、
 都市函館の高校では合唱・命!
 合唱を一生やっていくんだと思って、大都会東京ではブキャーパオーで
 Jazz が何かなんて分かるわけないじゃない。
 でも選んだんだもの Jazz を。
 きっと何かがここにはあると思ったんだろうね。勘でしょ?」
 (はいはいはい「勘は世界を征服する」とこれでいいんですか!)
 「結婚してすぐ New York に行ったのはあこがれ。
 New York で自分が何をやってきたのかうちのめされたのは現実。
 何して良いのか分からなくなってチャーリー パーカーを毎日一曲ずつコピーし始めたのは勘。
 自分の Down Beat(1拍目)に問題あるなとパーカッションの勉強始めたのもやはり勘。
 だから半分くらいかな勘だのみは。」
 (なんか曖昧だなぁ!そのあいまいがズルイっていうんですょ。オジサンはずるいなぁ。)

  「そうです。あいまいなんです。
 今モトオカはここ練馬区の自宅の音楽室のピアノの前に居ますけど、何やっているのかわからない。
 実際今 これ書いてるし。
 そう思うとあっ明日文男ちゃんと小杉さんとレコーディング最終日だ。
 何の曲やるんだったっけかな?
 あっ そうか。モトオカが初めてジャズクラブのドアを開けた時の空気を再現したくて
 作ってるのっだっけな。
 だったらウェインショーターは欠かせないな。フレディレッドのユルイ感じもな。
 指の練習?そうだ やんなきゃ。

  そう言えばこの間のサムデイの紙上エリントンバンド 中々良かったな。
 アケタの店から出てもやっていけるのかな?「ヨウ 日本一のバンドだ!」なんて叫ぶお客さんも居たっけ。
 でも俺 暫くエリントンの曲アレンジしてないな。
 そういえばあの「 Jump For Joy」って曲好きだな。
 出来るかな?はじめの言葉「Fare Thee Well」ってどんな意味なんだろう?
 なにか分かんないと書ける気がしないな。と綿々と続いて、何をしているのか分からない。
 分からないけれど全部が Jazz だと思う。
 僕と関係してる全部が僕の中にも居て出場を待っている。
 ありがとう僕と知り合いになってくれた全部!
 僕はあなた達が居ないとゼロです。」
 (大丈夫かよ、叫び始めちゃったよ。オジサン、オジサンったら!)

  「昨日 2月25日 僕の大好きな映画監督 ヴィム ヴィンダースがピナ バウシュ舞踊団を撮った「 Pina 」を
  見て、少しはっきり分かったんです。
 Pina はあの優雅なダンスの動きから始めて人間の動きそのものに、そして踊る人間の内面に入ったな。
 つまりこれは< Dance についての Dance >なんだ。
   <動きについてのDance> なんだ。
 そうかモトオカは< Jazz についての Jazz >が、<音についての Jazz >がやりたいんだなってね。」
 (あの よく分かりません。 明日もあるんで失礼します。)

 2012年2月6日(月)
  しかし考えてみると、映画監督の黒沢 清さんが、ふりしぼる様に映画の成りたつとはについて
 話してくれているのにモトオカは Jazz の成りたつについて言ってませんでした。
 Jazzman のほとんどは今夜の Jazz が成りたつか不安を抱いている心配性の神経性の病気みたいだ
 とは言ったけど。(それってアンタだけじゃないの?)
 はい 確かにそこまでの不安はない人も、否それどころか絶対俺を聴けっていう人も居ます。
 はい どうぞ御自由に。(なんだい投げやりだね。)

  僕だって Jazz がいかに合理的に楽器が組み合わされ、それぞれの groove を発揮することで全体が
 より自由な空間に加熱され、除々にほんの微妙なリズムの揺れや、音色の変化、強弱のデリケートが
 浮き出てくるのを知ってますよ。そういう具合に一緒にプレイする人に信頼してますよ。
 でもやはり不安です。(はい分かりましたって) いや不安というのじゃないかも。スリルなのかも。
 You gave me a thrill とか The thrill is gone なんかのスリル。そうか まずそのスリルがないと Jazz は
 成り立たないんだな。(それは相当アンタの考えですったら)

  スリルっていうとすぐ Miles の天才を想い出すけどでもね、あのエンターティナーの代表みたいに
 いわれるサッチモにもすごくスリルがあるって感ずるのはオイラだけなのだろうか。
 ビリーホリディが Band が set up した groove の中で、次のフレーズを歌い出す時に感ずるのは
 あれはスリルじゃないんだろうか。
 そこは映画と一緒かも知れない。黒沢さんは確かにダンサーが上手に踊るのも素敵だが、ボクサーが闘うのも
 血が騒ぐが、でも画面の外から何かがはいってきて、また何かが去っていくスリルと比べるとと言っている
 のだものな。(前回の What's New 参照して下さい)
 では Jazz のスリルって何だろう?

  それまで食い物の話とか(しかしなんて Jazzman は食べ物の話が好きなんだろう?)、色んな話をしていた
 休憩時間から演奏にはいると何か別のモーターがギュウーンと回りだし、ほんの4、5小節もたってないのに
 汗ビッショリなんて人も居るくらい。
 音楽の全体を聴くともなく聴きながら、コード進行の物語につくようなつかないような、何かが見えて、
 アッと思うと先の曲り角をまがって、見えなくなりそうな。逃すものかと追いすがるとまた曲を角をまがって
 見えないような見えるような。そんな運動状態にはいっているのですよね。
 周りから見ると、汗はとび散るわ、眼玉は飛び出るは、ヨダレはたらすは、叫んではいるは、
 えらく大騒ぎなのに、内面はハードボイルドな追っかけっこだけが無音(?)のうちに行われているだけだったり。
 また周りから見ると、能舞台のような何もなかった様な静かな表情の演奏者の内面では、
 この世のものとは思われない残虐なシーンや、鬼さえ涙する優しさが立ち現れていたり様々です。

  そこで Jazz が成りたつスリルをその世界に持ってきてくれるものは、まず演奏者がその音を弾く、吹く、
 たたく、歌うことが幸せであるという音ではないか?
 (だったら音楽の好きな人なら誰でも出来るじゃん?)
 だからその音はすぐここにあるような気もするし、日常の自分が裏がえしになった
 向こう側の世界に写った音で、すごく遠くにあるような気もする。
 そしてそれははたから全くのまる見えであって、いいんですまる見えで。
 誰が本人が何にも感じていない音なんか聴いて楽しいもんですか。

  でも演奏者としてはその時喜びと同時に怖いんです。恐ろしいんです。
 何故僕達はその自分の無意識が聴きたい音を出すにあたって何が怖ろしいのか?

  それは公であり見られているという<場所>の怖れでもあります。
 でも大きな怖れは<時間>の怖れだと思います。
 <時間>が不可逆性、もうこの時間は戻ってこないんだということを普通以上に自覚してしまう音楽という事態!
 (東京事変が解散だってヨ!誰ですか東京事変って?椎名林檎さんなんですか?)
 Jazz はスリルがなきゃ成り立たない。そのスリルは自分の音を出す喜びと怖れに依るものであるというのが
 モトオカの超個人的 Jazz 存在論でした。オソマツ。

  私ごとですが今 渡辺文男(ds)さん、小杉 敏(b)さんと、トリオ CD を制作中です。
 文男ちゃんが「長くやってるこのトリオを残しておこうよ。」とプロデュースしてくれました。
 うれしかったなぁ。どんな出来になるのかは運次第で分かりませんが、作るにあたってモトオカはこう考えました。
 「少し前、Jazz は世界中に広まって、ひとつひとつの都市にその都市特有の Jazz club が発生した。
 New York はもちろん、シカゴにはシカゴの、ロスにはロスの、ベルリンにはベルリンの、ソウルにはソウルの
 といった具合に。そして東京には東京の。」

 「僕は北海道に片隅から18才で東京に出てきて、初めて Jazz を知って、そして初めてJazz club の
 ドアを開けた時のあの空気。あれを再現したい。
 あの何故かドキドキする、以前全然知らなかった、でも どこか懐かしいと感じたあのサウンド、空気!
 世界中のどの都市にもひとつは街の誇れる Jazz club があるべきだ、そしてそんな街じゃなきゃダメだ。」と。

 でタイトルは「 Tokyo Dusk 」(夕暮れ)。
 皆が仕事から開放される時刻。僕達が今日の旅に出かける時刻。
 皆さん待っていて下さい。

 2011年12月11日(日)
 「ねずみ男とそれに似た2人の男がそれぞれ自分の話をしています。そして相手の話を聞きおわると、
 フロシキにその話をつつみこんで帰り支度を始めました。
 3人の話はどうやらお煎餅の形をしている様でした。割れない様、割れない様に包みました。」
 という夢をみたよ。(ハァッ・・・?)

  話はかわるのですがサッカー J1で柏レイソルが優勝しましたね。あのチームって去年 J2だったチームですよ。
 そのチームが百戦錬磨のグランパスやアントランズやガンバに勝って、一体あのネルシーニョ監督は
 どんな何をしたのですか?どんな方針を選手達に伝え、どんな日々の心構えで練習し、どんな魔法の薬を
 調合したらそんな事が起こるのですか?! 確かにそんなチームには必ずその精神を具現するような選手が
 出てきます。オシム監督のジェフ千葉も然り。これ誰?って選手がサッカー場を縦横無尽に走り回ってた
 じゃないですか。そのサッカーを成り立たせているものは一体何なのか?

  成り立つってぇのは何だろうって考えるんですよ。
 映画はまぁ昼間っからシネコンに行けば、そりゃやってますけど、そういう意味の成り立つじゃなくて
 他の成り立つ。だってそいう意味でいったら「お客5人だったぜ。あれで成り立っていけんのかね。」
 という議論になって、それは別の話。

  前にも登場してもらった黒沢 清監督は映画の生まれた1895 年頃に撮られた3本のフィルムについて言ってます。
 <「踊ってる女」・・これは映画でしょうか。確かに写真が動いています。ほとんど映画に近いことは
 確かです。しかし僕はこれをまだ映画とは呼んでいません。しいて言えば映像です。
 「ボクシング」・・これももうほとんど映画に近いものだと言っていいと思いますが、それでもやはり
 まだ動く写真、つまり映像であって、完全に映画にはなり得てないように僕には思えます。
 「工場の出口」・・これが映画なのです。工場の出口から人々がぞろぞろ出てきて、どこかに去っていきます。
 同時に犬が一匹出てきてうろうろしている。それから中盤で唐突に少女が左から右へと走り去っていき、
 思わず彼女に目を奪われます。そして最後の方で急に巨大な馬車が出現して、慌ただしくどこかに消えて
 いくので、これにもたいそう驚きます。それにしても人々はどこに歩いていったのでしょうか?
 そして少女はどこからやってきたのでしょうか?馬車はどこに向かっていったのか?ウロウロしていた犬は
 あれからどうなったのか?わかりません。わかりませんが、とても気になります。
 つまりこの「工場の出口」という作品は、世界で初めて、画面には映っていないフレームの外にまで、
 見えているものの思いをかきたてる。そいう映像だったということです。
 これは他の2 作品からは想像もつかなかった画期的前進であり、映像が映画へと進化した歴史的瞬間でも
 ありました。>   と言ってます。つまり映画が成り立つとはこういう事だと。

  Jazz を成り立たせているものは何なのか?
 Jazzmzn 達は毎日今夜の Jazz は成り立つかなぁの不安を生きています。(マジ・・?それって健康に
 ワルクネェー。)なにしろ不安じゃなきゃ不安だというくらいですから。(それってビョーキじゃん!)
 歌舞伎や大相撲くらい年期がはいって、もうその形式自体が出来あがっていて、とどこおりなく行うと
 もう一定の価値を持つという具合にはまだ Jazz はなってないし、なっても良いのかなぁと疑問もわきます。

  最近 今を代表するトランペッターのひとりニコラス・ペイトンがネットで「Jazz は死んだ。Jazz は1959 年
 「Kind of Blue」で死んだ。Jazz(1915年生~1959年没)ってわけで、今 Jazz やってるのは死体愛好者だ。」
 とか(そんな人居るのかね?)、言い放って世界中の Jazzman が「エッ!」ってなったけど、それは少し
 言い過ぎだと思うんです。
 ヨーロッパの Blues も知らない匂いのない Jazz に嫌気がさしたのか、観光客の拍手はするけれども
 本当は分かっているのか、いないのかに疲れたのか、でも少しイラつきすぎだとおもうんですけど。
 ほとんどエリートのわがまま放言にも聞こえますけど。その言葉ですごく悲しんだ Jazzman が居るんですけど。

  確かにあの Jazz(どのJazz?)は終わったかも知れないけれど、この Jazz は(だからどの Jazz?)
 始まったばかりだって知ってます?これは追求する価値のある事だ、きっと。

  しかしあんまり真直ぐ前ばかりはいけません。
 昔<音楽は聴く人との繋がりが切れたところから音楽の堕落が始まった>との結論にいたった友人が居ました。
 彼はBGM としてしか扱われないソロピアノの現場で、大声でわめきまくるお客さんにずうっと
 音楽で話しかけてみるという試みを長年続けた結果、見事にノイローゼになっちゃったとさ。

 2011年11月23日(水)
 < 人間って やっぱ、混じり合ってると思うんすよ。>
 どうしたの一体やぶから棒に。
 < 何か自分がおもっている以上に他の人の影響受けてるっていうか。別のものが住んでいるというか。
 突然訪ねて来るっていうか。 >
 全然君の言ってること分かんないんですけど。君ちょっと、病気っぽいよ。
 < 病気じゃないっすよ。だって物事をすげい細かいところまで分けてみると、意外なものが意外なものと
 同じだったりするじゃないですか。そういうのが通じあったりするんすかねぇ。>

  旅に出ると確かに色々な人と出くわす。
 映画と Jazz はすごく似てるな。でもどこが似てるのかよく分かんないなぁと考えていると、
 横のほうから誰かの声がした。
 「カメラで撮る、つまりそれは脚本を書いているときに頭のなかで想像していた様々なドラマ、物語性、
 エモーションといったものが見事に次々と全部剥ぎ取られていく行為なのです。
 カメラとは、あらゆるものから「物語」や「ドラマ」を剥ぎ取ってしまう機械のようなのです。
 ただリアルにしかとれない機械で物語を語ろうというのだから、映画はそもそも破綻したメディアだと
 言っていいでしょう。」
 ウームとモトオカ君の中の何かが反応している。
 そう言えば楽器って機械もリアルだよなぁ。なにせピアノなんてポーンだもんな。
 それに勉強していく過程だって矛盾だらけだよな。ハーモニーを勉強すると groove を忘れ、
 リズムを注意するとメロディが生きてこないとか考えちゃうなぁ。
 そうかこの声は映画監督 黒沢 清さんの声だったのか。「東京ソナタ」良かったよ。
 まぁ生きていて矛盾って確かにあるよな。ひょっとするとその矛盾を生きるって事が生きるって事なのかもな。

 おやっ日も暮れかかってきましたよ。さてもうひとふんばりっと、旅を続けるモトオカ君。
 また別の声がしました。
 「太陽は世界をあまねく照らし、細部に至るまで陰りもなく照らしだそうとする。そういう太陽型の論理を
 使って、近代科学は発達してきた。その光りのもとで「対象と自分との関係を切ってしまい」
 対象を世界から分離してしまおうとする。
 これに対して月型の論理は、女性的で、受動的である。
 その光りの下の世界では、ものをものの重なり合うところにできる陰りの部分も、認識にとっては
 重要な要素となる。(日本の感性はこちらではないのか)」
 モトオカ君のメーターが振り切れる程反応している。
 日本人は物のあつかいが丁寧で、工夫が丁寧で根気強いんで世界に誇れる製品を後発したにもかかわらず
 作り出してきた。
 きっとJazz にもそういうところがあって、そこに期待をこめてと思っていたけれど、それだけじゃない。
 その関係する感性の根本が、この月型なものにあるのではないか。
 受動的ではあるけれど対象と自分を分けない感性。そこに耐えきれる感性。
 こんな事を言う中沢新一さんはほんに面白い事考えてる人類学者だなぁ。

  僕の回りで発っせられた言葉で最も忘れられないものに、テナーサックス高橋知己のものがある。
 トモキは若い musician と共演した時、その子がその曲を知らなかったんでしょうネ。
 「この曲普通にやればいいんですか?」ってきいたんです。そうしたら
 トモキ「バカヤロー 普通なんてねぇんだヨゥ。」
 嗚呼 この感性や良し! 普通なんてないんです 諸君 !!

   2011年10月20日(木)
  ホンに朝の散歩ほど気持の良いものはない。
 (何ノンキ言ってるの。アンタの場合 散歩じゃないよ。長い旅の途中なんだから。)
 朝日が昇るか昇らないかのスリルの30分 !! いつもみているものが突如何かになって現れてくる瞬間。
 刻一刻と立ち現れる映像の断片。光りが照らす森のリズム。嗚呼 人生は発見だなと思うんですよ。
 (しかし ノンキをとおり越してますネ。アンタはタワケ!!)

  9月 秋の後期が始まる前、学生達に「Jazz を勉強するとは何だろう?」って聞いたんですヨ。
 そしたら学生は「Jazz はむこう側にあると思っていた音をこちら側にうつす、
 自分のすぐ横にもってきたいという運動じゃないですか。」だって。
 (へーぇかっこいいコード覚えて、えぐいフレーズ弾いて、お客さんを圧倒して、アメリカにうって出て、
 ざま−見ろこれが日本の実力だってな具合じゃないんだ。)
 さすが今時の若者は出来がちがう!そうだよな、 Jazz って運動だよな。
 ジャンルとか音楽スタイルとかじゃないよな。そしてそこには発見が大きく関与しています。

 たとえばなにか気になる曲があって、そのメロディを弾いてみて、ベースとコードを弾いてみて、
 言葉を言ってみたりして、全体を流してみて曲のデコボコが見えてきたりして、ヨッシャ分かった!
 では分かってないんですヨ。それからずっと忘れていていつかアッそういう事なのか!! と腑におちる瞬間。
 一丁あがり!否!一丁のはじまり!! これからはいつも僕の横に居て、見ていてくれる曲になるのです。

  先日 初めて東京コットンクラブというところに行き、新進気鋭にピアニスト Gerald Clayton をみてきました。
 モトオカ不調になってからずうっと CD 聴いても映画見ても、何を食べてもピンとこない状態でしたから、
 ライブは本当に久しぶり。ところがこのコンサートは面白かった。
 細かいところまではっきり分かったとは言えないけれど、彼等がいまどこにいて、
 何をどうしようとしているのか、ぼんやりとはっきり想像出来ました。(ドッチナンジャイ!)
 基礎体力は十分の彼等がまず感じているのは先人達の圧倒的固有名詞です。
 Duke Ellington、Count Basie から始まって Art Tatumn から Bud Powell、Barry Harris から
 Kenny Barron 何ということだ。その誰もが時代と状況と戦って戦いとった音を今 僕が否定出来る
 はずもありませんよ。とまず言っていると思いました。
 一時のようにあの音楽は古いよとか時代おくれだよとはもはやかたづけられないくらいの尊敬。
 でもその戦っていた戦いは間違いなく今の戦いとはちがっている。
 そこで彼等が無意識にとっている戦術とは何か?それは音楽を分解しつくし、そして組み立て直すこと。
 とモトオカには聴こえました。
 リズムを分解すること、ハーモニーを分解し、メロディを分解し、それを音そのものを返してやること。
 だからもはや音楽に意味を読みとったり、感情移入したり Blues だぜぃと言ったりという聴き方で
 とらえることは出来ません。そうしたとたんに音楽に置いてきぼりをくう様な音楽が起こっているなと
 モトオカは感じました。おう 何という新鮮 !!

  Gerald 達の日々の発見のこと考えながら過ごしていると、今度はヴィムベンダースの新作映画
 「パレルモシューテング」に出会いました。
 僕は80年代に「パリ テキサス」を見てから、僕より5才年長のこのドイツ人映画監督について行くゾ
 と決めました。
 ビデオ店を回ってそれ以前の「都会のアリス」「まわり道」「さすらい」「アメリカの友人」と
 見ていくうちに、何故ひかれるのかが分かってきました。
 <この監督は映画をその順番に撮っているんだ !! >
 映画は脚本がまずあって、こことここは同じ場所だから、内容は違うけど一緒にとって
 後でつなげましょうというふうに仕事をするのが普通なのですが、彼は違う。
 彼は ロードムーヴィー といわれる登場人物が旅する映画を、彼自身も旅しながら撮っているんです。
 今感じたことを今に、起こることをその順番で !! これって何かに似てません?散歩?そう似てますね。
 Jazz ?そう Jazz ですヨネ。あっそうかと合点がいきました。
 ところが 87 年「ベルリン天使の詩」という傑作を作って巨匠となって、順番にとらなくなって、
 装置も話も大袈裟になってつまらなくなってガッカリしていましたが、今回の作品の素晴しいこと。
 目に見えるものしか信じないと言う中年のカメラマンの苦悩と、目に見えないものしか信じないと言う
 若い女性絵画修復師の恋。
 生きがいと死に神の話がドイツからギリシャのパレルモ(" すべての港 " という意味らしい)への旅で
 起きるロードムーヴィー 。
 発見が戻ったヴィム! 良かったなぁヴィム! 祝福するぜ、ヴィム! 乾杯 !!

 2011年9月28日(水)
  空に浮かぶ雲々に見とれているうちに季節は秋に大きく傾いてきました。自転車 寒ッ!
 昔 詩を読むのが好きで(これはそんなに昔じゃないけど)こんな詩がありました。
  村野四郎さんの詩です。
 「大方 草も枯れたので
  野のみちが はっきり見えてきた
  このみちは もう少し先まで続き
  崖の上で 消滅している
  一堕落が ぬくてのように待ちうけている明るい空間
  その向こうには もう何も無い
  永遠が 雲の形をしてうかんでいる ・・・・・ 」
 と続くのですが、この詩をよく想い出します。
 足の先に崖があって、明るい何もない空間があってそこに踏み出す。
 少し大袈裟だけど Jazz の Adlib をそう感じていました。
 ところが落ちないんだと。何故か堕落しないのだと。
 君たちが groove を得、曲の世界を知りベースの流れのストーリーを知ったら落ちないんだよと
 若者達にも言いました。(考えてみたらインチキ教祖みたいだね。)でも今だにそう感じています。
 (あら 進歩がないわね。へたくそ。)

  何日か前 同じ北海道生まれのせいか弟のように感じていたベースの是安則克君が急死しました。
 初めて会ったのはモトオカがニューヨークから帰ってきてすぐ '84年位 榎本秀一君のグループ。
 まだ大学出たてで、「ワッ こんな世界があるんだ。俺は Jazz の世界に驚いてます。」
 という気持の光り輝く若者でした。
 それからずうっとその気持の源泉をたどるように Jazz 生活を生きて、生きて、突然終わりました。
 最近はあまり一緒に演奏する機会はなかったけれど先にはあるかなと思ったけれど、さようなら是安。
 ボーカルの蜂谷真紀さんにならって「長い間ありがとう。よい旅を。現世もまた旅。」と言います。

  僕が先月見て、ああ これもありだよなぁと書いたテレンス マリック監督の「Tree of Life」の悪評高し。
 やはりあれは倫理的にも論理的にも「映画」じゃないと言われています。
 モトオカが気が付くのは、やはり「これは映画ではない。」「これは詩ではない。」という言葉が
 最近はやはりこれだけはどうしても言っておきたいという口調で言われている事です。
 以前のように偏狭な、頑固な、頭の固い、利権を守るゾ的な人が言っているのではない。
 <これって(映画って、詩って、短歌って)何だろう?>と 長い間 真摯に考えてきた人々の
 口から出てくる言葉だからとても気になります。
 「これは Jazz ではない」かぁ?(モトオカ君立ち止まる。)確かに Jazzman はその Jazz のために
 闘っているのであり、たとえそれがあまりに個人的なものであっても、否個人的であるからこそ
 Jazz なのです。ある人は Jazz を単に音楽ジャンルの事かと思い、
 でも別のあるひとは映画とか詩とか文学とか Jazz とかいうものに
 そういう何か文字通りではないものを感じているのです。連帯を!

  モトオカも詩の言葉に詩が感じられないなと思うことがあります。
 映画もそうですし、Jazz もそうです、正直。
 非常に個人的な何かがその世界に感じられないと、非常に個人的なモトオカは困ってしまうわけです。
 だから Jazz は全部基本的に「私の考える Jazz 」となります。
 なりますよね? コレヤス?

   2011年8月25日(木)
  ともあれ「美・・・ビッ・びっ・Bi・・・美は分かんねぇ」などとつぶやきながら、
 旅の一歩を踏み出したモトオカ君。
 「まず始まりが分かんねぇや。分かんねぇなんて言っても仕様がないから、まずともかく右足を一歩と。
 オヤッ 景色が微妙に変わりましたね。てぇことは、これがもし間違えた一歩だとしたら、
 ニ歩三歩と歩き出すと、こりゃとんでもない所に行っちまうって事じゃないですか?!
 でも何だね。この右足の一歩が当たってるか間違ってるかって一体オイラの何がどう判断してるのかね?
 だいたいこれを判断って言えるのかね? でもあるよな演奏し始めた時の正解・不正解って。」

  始まりと言えば、ピアノのトム・ピアソン博士が面白い話をしてくれたな。
 トムさんはお酒も飲まないけれど、居酒屋で飲んだくれるモトオカ君につき合って話しをしてくれるんだ。
 トムさんは菜食主義者だから、ほとんどつまみも何も食べないで、音楽の話。
 「モトオカ、ソ〜ミっっていう長6度が今までの全世界の全歴史の中の曲の出だしに一番多いのです。」
 (ウヘェーほんと?!) 映画の話。(彼自身 映画監督でもある。あの佳作「ターキーボーイ」見て下さい。)
 「黒沢は日本語が分からなくてもスゴイ映画だって分かるんです。」と話をしてくれます。
 その中の絵の話。
 「北海道に絵画きの友達がいます。(ハイ)
 彼は世界中旅行をします。そして行きたい所に着いたらまず画布をその街の気になる壁に押しつけます。
 そしてそこに出来たシミを基にそこから絵を描き始めるのです。」(ヘェーッ! 面白いなぁ)
 何でもよいようだけれど、何でも良くない始まりの一歩。
 「ウーム始まりはやはりリズムなのかなぁ。あのギューンと自分の中で groove が回り出す感じって
 たまんないものなぁ。何ていうのかなぁ全能感かなぁ。」
 「いや フレーズかなぁ。自分の気持を上手く言えた音が出てきた時って幸せだよな。つながってる感じ、
 人とつながってる感じなんだ。」
 「しかしあのグレート パーカーとなると " 僕はただ Pretty Notes を探してるだけさ " だってさ。
 あっさりしたもんだヨネ。やっぱ本物はちがうよな。」と頭の中で議論がさかんです。

  最近、僕の大好きな映画監督テレンス・マリックの「 Tree of Life」見ましたが、中身は結局
 親父と息子の確執なんですけどその始まりが、宇宙・地球の創世・人類の誕生から話し出すんですヨ。
 「オマエそこから話しだすか!」と思わずつっこみを入れましたけど、好きですネ。
 とんでもない大ブロシキ。考えてきた感じた事を何とか全部入れたいという熱意、好きだぜ テレンス。
 地球の誕生から話し始められる家庭劇もありだ。
 ジャズマンが音の始まりから問題にしても良いじゃないかって。
 (ところでこの映画の評価を見ると5段階で1が圧倒的。2評価と合わせると60%以上の人がこの映画を
 嫌いですって。  嗚呼 どこか我が運命と重なります。トホホホホ。)

   2011年7月10日(日)
  2年間ボンヤリしていたモトオカ君・どうしたの?
 朝はすぐに夜中になり、一日はすぐ一週間になり、一月になり一年になり、季節はめぐり、
 また夏が来ようとしています。(って言うかもう夏じゃん。)
  この2年間モトオカ君は自分に出来ることはもう何もないんじゃないかと思ってきました。
 家の棚を見ては「なんでこんなにいっぱいレコードがあるんだろう。」と茫然としました。
 あんなに一枚一枚楽しみに買ってドキドキして聴いたのに・・・。
 New Yorkのライブをインターネットで見ては「ワッこんな事やってるんだ。現代音楽のアクロバット
 だね。これはね言葉を覚える前から楽器にさわってしまった人だけの音楽かもネ。」とがっかりし。
 あんなに家族感覚だった New York Jazz にも親しめない。困ったな、困ったな!!
 こう感じているとさすが音楽様。音楽様もあっという間にソッポ向いて遠くに行っちまう。
 なにせ音楽しか頼るあてのない孤児のモトオカ君。
 こうなるとどうしよう、どうしよう!! ほとほと困ったモトオカ君。
 ホッピー飲みながら考えたね。(焼き鳥はカシラのタレ2本と小袋半焼きで2本お願いします。)

  今から30年前、もらったばかりの奥さんとポツンと New York に降りたったモトオカ君。
 (本当にポツンでした) しばらくはなれなかった時差ボケの中、聴く音楽聴く音楽に打ちのめされ、
 圧倒され、行く session 行く sessionで無視され、軽蔑され続け、落ち込みましたわ。
 (オジサン そんな事言わないで、まあまあ飲んで飲んで。)
 でもね奥さんもらったばかりで落ち込んでばかりもいられないね。(ソウデスヨネ)
 まあそこで開き直ったんですかね。「僕は何物でもない。はっきり言って。
 そこから始めようじゃないか」理論をおもいついたんですね。
 だから物事を好き嫌いでは分けない。
 ただ何故か容易に入ってくるものと入ってきにくいものとに分ける。
 日本人と外国人に分けない。
 人間はただの容器だと考える。だから学習は大切だと言える。でも学習が足りなくて叉は異なっても
 ちがった結論になってもどちらも正しい。
 (チョットそのこととここ2年間のボンヤリと何の関係があんのヨ。アンタ!! )

  まぁそんなわけで日本に帰ってきてからも、良い悪いの判断はとりあえず保留して、裸で向き合い、
 知らないことは知らないと言い知ろうとし、自分の容器に何でも投げ込み、すぐフタをします。
 そのまま数10年間待ちましょう。その間はピアノの練習でもしましょう。という態度だったと思う、
 たぶん。(アレッ 今日スジ煮こみあるの。ちょうだいヨ 2つね。)
 それがやっぱどこか間違いだったのかな?。
 自分の中に投げ込むばかりなものだから、もう何が良い物で何が悪いものなのか
 分らなくなっちゃった。ボク。(甘ったれんじゃないの!)
 なにしろ投げ入れるばかりで判断保留ですからね。結果を求められる仕事にはからきし弱い体質と
 いうことになりますヨネ。
  さてモトオカ君チャンチャンコの頃も過ぎて、そろそろフタをとっても良い時期じゃん。
 とってみたら、もう何が何だか分らないドロドロ状の液体。
 お皿に盛ってお客さんに食べてもらって良いものかどうか?

  だいたい本物ってスッキリしてますよね。
 パーカーだって、コルトレーンだって、何かスッキリしてますよね。
 エネルギーはあふれかえってもドロドロの液体状態じゃない。
 はたと立ち止まりました モトオカ君。
 良い音って一体何だろう?
 悪い音の理由は分かりますね。あっ楽器が鳴ってないとか 、groove が生きてないとか、
 音符が単調だとか、コードを知らないとか、顔がアホみたいだとか。
 良い音の条件もあの反対だからある程度分かります。楽器をコントロールできるようだとか、
 groove は自分のものに成っているだとか、様々な言い方を覚えたり、コードを勉強したりとか。
 顔はしょうがないけど。
 でも良い音そのものって分からないなって。
 そりゃ Miles 聴いて「ワッ・ギリギリに居るな!」とか。
 Dizzy は「音楽の機微知ってるな。レベル高っ!」とか。
 Monk 聴いて「ワッ休符までスイングしてるじゃん!」とか。良い音は分かります。
 でもモトオカにとっての良い音って分かっていない。
 条件は分かるけど良い音って何かと言われると分からない。
 条件をいくつあげても、それを全部どんなに満たしてもそれが良い音とは言えない気がします。
 それに + アルファの何かが加わらないとそうはならない。
  I guess それは、「その場を生きぬくことだ」と思います。
 そして「その時を生きぬくことだ」と。
 パーカーはたぶん遠い目をして言ったんだと思います。
 「 Now's the Time 」って。

  そこでアッシは美を求めて旅にでることにしました。
 われら吉本隆明さんの「言語にとって美とは何か」とはいかないけれど、
 服部 達さんの「われらにとって美は存在するか」じゃないけど
 (それにしてもすごいね、戦中派は。何か?存在するか?だものね。)
 モトオカにとっての美とは何か。
 少しは鍋の中のわけの分からないものも助けてくれるでしょう。(カナッ?)
 それじゃアッシ、先を急ぐんでそろそろおいとまいたしやす。
 「マスター、おあいそいくら?」
 (昔、寺下 誠が家に来て、帰り際にはいた名ゼリフです。俺はマスターじゃない !! 。)

    「はやすぎる
     7月10日の
     夏休み顔」

 2008年10月28日(火)
  何故年をとると1年が柱時計の半日でも見る速さで過ぎるのでしょう。(ですから今は11時ちょい前)
 でも秋は秋。よい季節(のはず)です。皆様いかがお過ごしでしょう。
 今年の秋は久しぶりに大学の学園祭(学芸大学 31日)に呼ばれたり、洗足学園大学で第一回の
 「オリジナル作曲コンテスト」が行われたり、何と元岡一英カルテットが初おためしライブを
 新宿サムディでやったり(11月19日 as 林 栄一! b 高道晴久 ds 佐々木 豊)、楽しみが続きます。

  Jazzは大きな曲り角まで来ました。でも考えてみるとJazz はずうっと曲り角の連続だった
 気もします。モトオカの出発が遅れたため(1970年20才)今までは前走者の足跡(何と大きな確信に
 満ちた足跡だったろう)があらかじめの道の様に見えただけだったのかも知れません。(いやそうだ。)
 というのもここ何年かはDatもM.Dもうまく使いこなせなかったモトオカもIpod(20ギガ)を
 愛用してまして、ずうっと気に入ってた演奏、気になっていた演奏を入れて聴いてますと、
 20ギガが4000曲などいっぱいになってしまいます。
 そこにさらに興味ある刺激してくれるC.Dが出てくると、その前の曲を吟味しながら捨てて
 いくことになるわけですが、この作業が微妙でして、ある時つまらないなとか
 ひっかからないなと思っていた曲が一夜あけるとこれはスゴイと思う事があるわけです。
 でも最後のところで選択していく。
 こいう事を続けていきますと、そのIpod がほとんど自分の生理の様になってきて、
 shuffle(次ぎに何の曲がかかるか分からない状態)にしてかけても、
 何故か自分の聴きたい順番でかかっていく程になっていく。
 そこで困った事がおきました。もうついに前に入れた曲をどれも消せなくまってしまったのです。
 そこで奮発して80ギガ(4倍)のIpod クラシックを購入したのですが、今度は問題がおきました。
 何を入れてよいか分らない。何でもドンドン入れちゃえば良い様にも思ったのですが、
 いつも持ち歩くものなのでどんな時もあまり聴きたくない曲は聴きたくない。でも大体今まで
 聴きたい曲は前のIpod に入ってしなっている。ではどうするのか?
 よっしゃ。前のIpod と絶対かぶらない曲を入れようと決めたわけです。
 前 Ipod はサッチモ、ビリーホリディ、エリントンから始まって、モンク、パーカー、ディジーの
 40、50年代からアートブレイキー、マイルス、ホレスの50年代後半から60年代の Jazz の黄金期、
 それに平行してピアノの(主にbebap の流れを持った)歴史が入っていました。
 ところがここ2・3年程まえからその中に不思議な事にファンクやラップやアフリカや
 ブラジルやラテンやがどんどん流入して住みつき始めたのでした。
 一体これはどんな事になっていくのでしょう。昔からの良いものに新しい血がはいって
 より良い国家になっていくのか、それとも民族同志がいがみ合う紛争国になっていくのか。
 でも徐々に僕の中に昔聴いていた雑多な popsの記憶 がよみがえって来るのを止めるのは無理に思えて
 きました。確かにワクワクする音楽の記憶は70年 Jazz 以前にもあったし、
(たとえば音楽の始めのほうの記憶は、まだ北海道が雪のいっぱい積もっていた頃(1960年頃)、
 夜のまだ暗い電球の下でオヤジが機嫌よくお酒を飲んでいる。食卓の上には何故か一円玉がいっぱい。
 そこにミカン箱のステージがあって3人兄弟が順番に好きな曲を歌う。
 するとその出来によって1円からうまくいくと3円特別は5円がもらえるというもの。
 大切なおこづかいかせぎ。幸せなプロ体験の第一歩。)
 80年 New York にポツンと降り立って「ああ僕は何ものでもない」との不安からbebop を
 生き直そうとし始めた以前にもいっぱい胸一杯になった音楽はあったなぁと思い始めたわけです。
 そしてその pop な感覚も Jazz じゃないとは言えないなと。(クラシックもJazzじゃ。ハッ?!)
 というところで長くなりましたがやっと僕個人のJazz の曲り角がきたわけです。
 「もっと単純で、もっと原理的でもっと楽で、もっと自由な Jazz 」があるはずだ。今それをやる。
 だって時間がなくなっていく。今年だってもう11時(月)だ。今日も後輩ベース牧島君が亡くなった。
 (音楽家として誠実に生きたんだぁと思えるお葬式でした。Bassがならんで置いてありました。)
 モトオカよ。このままだとリメイクの Jazz になってしまうよ。そりゃ偉大な作品のリメイクも
 悪くないけれど、やはり限界だらけだヨ。今 Jazz の兄貴 日本映画のオリジナルな事!
 やはりこうこなくちゃと勇気づけられた今年の5本。
 「歩いても歩いても」  (是枝裕和監督)
 「ぐるりのこと」    (橋口亮輔 〃 )
 「きみの友達」     (広木降一 〃 )
 「東京ソナタ」     (黒沢 清 〃 )
 「パコの不思議な絵本」 (中島哲也 〃 )
 やはりJazz もこいうふうにならなきゃな。
 で僕のカルテットと New Ipod は動き始めました。

 追伸:小説を読まないモトオカが最近リチャードパワーズの「われらが歌う時」にはまりました。
    舞台はニューヨーク1940年初頭にユダヤ人の父親と黒人の母親から生まれた兄弟が音楽家
    として育っていくストーリー。すっごくおもしろいです。

 2008年10月8日(水)
 早いもので2008年も、もう3ヵ月を残すだけとなりました。
 まだまだこれから秋の夜長の月見酒(あっ終わったか)とか紅葉をみながらのモミジ酒、
 寒いな・寒いワネの熱燗酒から、まあ今年もお疲れ様でしたの忘年会、
 何か分からないけれどクリスマスとうまい酒が続くと思われます。
 それと関係ありませんが、来る10月14日(火) 渋谷のライブハウス「KO-KO」にて
 不肖 元岡一英トリオ演奏をやります。
 あの奇才ドラム外山 明とのトリオが去年の11月ですから一年ぶりとなり、
 一体一年間何やってきたのだろう。
 何やってるのか自分でもよく分からないのが芸事の大切のところ。
 今回は Bass に新鋭 高道晴久君(この人がニューヨークでつかんできた音は素晴しいものだ。)
 と円熟期に入った生き抜く芸術派ドラマー佐々木 豊君とやります。楽しくやります。
 是非皆様お誘いあわあせの上今年のしめ宴会の第一弾としていただければ幸いです。

   渋谷「KO-KO」のホームページ http://www3.point.ne.jp/~ko-ko/

 2008年8月24日(日)
  < 平行四辺形の夏 >
 「Jazz も100年たって Jazz の D.N.A. みたいなものが見えてきました。
 でもそれを今実行しないと、そろそろ時間切れが近づいてきまして。
 なにか自由が、本当の自由があるような気がして。さぁーっ ドースル?モトオカ君。」
 はい 朝ですよ。起きましょうね。

  アレッ 夏は去っちゃったのか。何にも言わないでという位 朝晩涼しくなりましたが、
 みなさま今年の夏はいかがお過ごしでしたか?

    モトオカは毎日行われるオリンピックの感動シーンは一応網羅しながら、朝晩は二階の
 洗濯物干場に避難してました。
 西側に面したベランダは目の前が広い駐車場になっていて、風の通りが大変良く、
 日があたらなければ具合が良いことを、ここ練馬に住み始めて20年目に発見しました。
 そこにパジャマ姿で冷たい水かコーヒーを持って(本当はお酒が結構なのでしようがそれはいけません)
 椅子にヘッドホンで出かけていく。朝の5寺頃がよく夜は11時過ぎか。そこで星でも見ながら
 ( 星は4つしか見えません。だから「平行四辺形の夏」です。星座はなし!)色々聴いていきます。
 なるべく普段聴かない浮世離れしたものが良いかなと図書館からクラシックを5枚適当に借りてきて、
 聴いていました。
 バッハの無伴奏チェロとか、ラフマニノフってなんかドロッとした映画音楽みたいで好きかもとか。
 どうもモーツアルトとあんまり人間離れしていて何が面白いんだろうと、ピアノ協奏曲とか色々。
 その中でグッときたのはやはりベートーベンでした。後期弦楽四重奏4枚組というのです。
 僕は今まで弦楽四重奏は「バルトーク四重奏団」を見に行って、何だか良いか分かんないけど
 ビオラって面白い音とって大変そうだな なんて印象しかなかったのに、今年の夏はやられました。
 (「感動した」の小泉さん) ずうっと聴いてました。ベートーベンは本当に好きな音を好きな時に、
 好きなだけ、好きな様に並べる事が出来る人なのですネ。
 そして、一歩踏み出すスリルを知ってます。もう今年の Jazz 特別大賞を授与します。
 (あのね200年前なんですけど) でも今起こってるから今!(それから Jazz じゃないよっこれ。)
 でも Jazz なの!僕にとっては。とモトオカは大変有意義な物干場生活でありました。

 それから見田宗介さんという社会学者を発見しました。
 (大変有名な人なので、今さらなのでしょうけれど、モトオカは初めて読んだのですから、御勘弁)
 「社会学入門」という岩波新書なんですけれど、こんなにスウッスウッと話題が変わっていきながら、
 どこか見えない関心の中心があって、その目が子供の様に正直で汚れていないっていうのか、
 「感動した」の小泉さんでした。
 目次を見てみると

  序 越境する知
   1 人間の学/関係の学
   2 社会学のテーマとモチーフ・初めの炎を保つこと
 一 鏡の中の現代社会−旅のノートから
   1 < 自明性の罠 >からの開放
   2 「近代という狂気」
   3 見える次元と見えない次元・想像力の翼の獲得
 二 < 魔のない世界 >  etc. etc.

 と こうなっていて、ねっわくわくするでしょう。(しないかな?)
 学者さんは勉強ばかりしてるんじゃなくて、ちゃんと僕達の事も考えてくれているんだ。

 というわけで今年の夏はベートーベンの弦楽4重奏を旅したし、
 見田宗介さんを旅したし、良い夏だったなぁ。
 でもきわめつけは徳島の阿波踊りへの旅でした。

  やっと宿がとれて出かけたのが8月12日。関西空港からバスに乗り大阪湾を左に見てぐるっと、
 鳴門大橋から四国入り。渋滞の徳島市に入っていくと、もう町のあちらこちらから
 笛や太鼓や三味線の音が聞こえてくる。浴衣すがたの若い衆が姿を現わす。
 モトオカそれだけでもう興奮状態。 (あのね 早いのそれじゃ)
 はい。(夕食食べてゆっくり出かければ良いの)
 はい。(8時半からですからね観客席とってるの)
 はい。しかしゆっくり休んでなんかいられませんよね。「ちょっくら行ってきます。」
 四方を川で囲まれこじんまりとした徳島の町じゅうが沸き立っていました。
 町のあちらこちらでもう始まってる奴、止まらない奴。
 鉦がリードしているようです。鉦が心持ちの良い気張らないリズムを出していると
 その連はゴキゲン。そうじゃないとその反対。
 アーッィヤッサーァ・・ィヤッサ・ィヤッサ
 やっぱり踊りは止められなぁぃ・踊りおどるなら阿波踊りーっ
 どうもいけません。楽しすぎます。

  というわけで5日間の四国巡業でした。
 高松では建築家安藤忠雄さんが企み再生した直島で瀬戸の海にうかぶほぼ満月を堪能し、
 今治ではお盆らしく元岡の御先祖の墓参り。( 約110年前僕のひいおじいさんが
 武士の退職金を使い果たしたかどうしたか困って、ハワイにしようか北海道にしようかと
 迷ったすえ北海道に移り住んだそうです。)
 そして松山道後温泉でひとっ風呂。正岡子規さんの御利益で一句浮ばないかしら
   <のんき旅
   阿波讃岐を
   巡り来て
   道後の朝湯で
   腑におちる  あーどっこいしょっと>  駄目だこりゃ。

 2008年7月14日(月)
  < クラゲまでもう一歩 >
  オヤ・・・今日も晴れだな。梅雨は明けたのかしらん。
 モトオカ、このひと月は時間があると(そして雨があがっていると)自転車をこぎ出し、
 多少疲れました。
 不思議なことにこいでいる時は次々に「あそこに行ってみたい。あそこはどうだろう」と
 連想が浮かび、それに従うととても疲れるという幸福。
 "自転車ハイ"っていうのが存在するのですネ。(Jazzも似たようなものですが)

  夏になってくると仏のジャック・タチ監督の「ヒューローさんの休暇」を
 見たくなってきます。ひとり者の中々の紳士であるヒューローさんが、ポンコツ車で海岸沿いの
 ホテルに夏休みに出かけ、そこで起こるまったくどうしようもない下らない事の連続の
 映画なのですが、もう空気が良いのです。
 最初のテーマ曲が流れてきただけでモトオカはもう休暇気分となってしまうのです。
 (クリスマスはフランク・キャプラの「素晴しき人生」です。)
 そう言えば先日見た是枝裕和さんの「あるいても あるいても」は良かったなぁ。
 海で死んだ兄貴の命日に久しぶりに田舎の両親のところに帰って泊った一日という映画
 なんですけど、役者さんはすごく良いし、(希木樹林さんはアカデミー女優賞2年連続ですね)
 空間が良いし、リズムも良い。テーマもあるといえばある。問題提起はない。でも(だから?)
 映画を見たなと思える。こういう映画を見るとモトオカ「創る」って何かなと考えてしまいます。

  やっと今年 洗足音大でオリジナルコンテストを実施します。
 まだ学生の中のコンテストですでれど、将来出来ればオープンになればいいなぁと考えています。
  作曲家の武満 徹さんは「作曲って、作るってより、何か回りに漂っている音に、
 耳をすますような事だと思いますヨ」と言っていましたが、その神秘的ニュアンスを
 とってしまうと何かその態度はよく分かりますよね。
 つまり肩をいからせて、力瘤作って作るんじゃない。もっと日常的カジュアルなところに
 あるよって事で、シャンソンやジャズを好きだった武満さんらしいたたずまい。
 僕はこの20世紀後半的態度が好きです。(たぶんベートーベンやブラームスはこうじゃなかったかも)
 でもそれじゃ作れないでしょう。否作れます。って言うか作ってしまうでしょう。
 (自転車をこぐ様に) 日頃から音楽にふれていれば、アッ今これが聴きたいな、
 次はあれが聴きたいなと思うものです。
 作曲はそれを素手でやってみる様なものです。
 ただ Jazz 名トランペッターの Dizzy Gillespie は言ってました。
 「It's taken me all my life to learn what not to play」 ウーム。
 何を吹くかじゃなく何を吹かないかの事に一生かかるのか。

  全然多忙を極めないピアニストのモトオカ君にも11月12月の仕事の話しがチラホラ。
 エ・・・それって年末じゃんエーッ。
 一番先の仕事は来年1月12日 我等がドラマー 渡辺文男 御歳?才記念。
 「今までのバンド全員集合」を新宿ピットインでやります。
 そうそうたるメンバーが集合するでしょう。乞うご期待です。
  そう言えば先日(6日27日)、新宿に居を移した不死身のサムデイで、
 高瀬龍一、伊勢秀一郎2トランペット クインテットを演りました。
 (考えてもみて下さい。クラシックのトランペット協奏曲にトランペッターが二人いる
 なんて事があり得ますか!) これがメチャ面白かった。一人一人が違う事がこんなに
 面白いなんて。「ホント Jazz っていいもんですね(アレッ?)。」
 その休憩中の事。「Excuse me」(オヤッ)
 「私はオーストラリアのドキュメンタリー映画作家です。」(らしい)
 「私は少し前韓国に行って、オーストラリアの Jazz ドラマーが韓国の巫女さんに弟子入り
 して音楽を学ぶ映画とって、明日NHKで放映されます。」(アレッ 偉い作家ナンダ)
 「今のはとても良い演奏でした。私は今日本の Jazz がどうして素晴しくて、どんな歴史が
 あるのか映画にしたい。」(らしい)
 「どうして日本では Jazz がこんなに盛んなんですか?」(エッ そうですか。60・70年代は
 そうだったけれど、マスコミは全くの無視ですヨ。)
 「私はピーター・カウフマンといいます。ヨロシク。明日あなたにインタビューしたい。」
 「僕はカズ モトオカといいます。ヨロシク。」と とんでもない方に話は発展しました。
 とはいえ僕も手前ミソですが日本の Jazz は今面白いなと思っていたので、意気投合。
 どうなりますやら。

  日本の Jazz は老舗ライブフス「赤いからす」(杉田マスター、長い間お疲れ様でした。)や、
 今度は「GH9」(高山オーナー、長い間本当にお疲れ様でした。)が店じまいするというので、
 着々と絶滅への道を歩き続けているように見えます。
 でもそれってモトオカのじっかんと全然ちがうんです。
 僕達の上の世代の渋谷さんや今村さんや古沢さん、文男チャンの音は生き様そのものになっています。
 僕達の世代の林栄ちゃんや小山彰太や加藤崇之は色々やってみたけどやっぱりこれが好きだ
 という本音が聞こえます。
 すぐ下の世代の高瀬君や大坂君や原君たちには、もう Jazz に国境はないという自信が見えます。
 もっと下の世代には「ワッ何だ!この Jazz ってえものは」と驚きがあります。
 という具合に幅が出てきました。今とても現場は豊かだと感じます。
 でもライブハウスは閉まっていく。この距離をどう考えてたら良いのでしょう。
 きっと次の形態に行く途中なんでしょうネ。
 映画がシネコンという形態を見いだして、小さな器ならではの作品が蘇ったように、
 個人的であることが何故か普遍につながっているように、テレビドラマじゃどうしても出来ない
 表現ってあって、映画が必要なのです。

 いつの日か Jazz が必要なんですと言われてみたいものです。
 それを僕はきっとクラゲかコンブになって見るのだろうなと思っていると、
 先日の山中湖での多摩ビッグバンド(総勢40名)の合宿で、トランペットの明日蓑画伯が
 描いてくれました。僕はキノコになってました。
 (札幌に住む弟がこれを見て「兄貴は毒キノコだな」だって。)
 クラゲまでもう一歩です。

  

 2008年6月3日(火)
  あの完全復活の忌野清志郎さんの影響なのか気がつくとモトオカ
 ロードバイカーになっていました。
 死ぬより何をしなくとも生きてるほうが良い。でも生きるンなら
 好きな事だけやるが良いと決めてみると、(それまでもJazzmanとして
 好きな事だけやってきましたから、また宣言するとまぁ「好きな事」の
 二乗ってわけでオッソロシ。)でもテニスは疲れるし、プールは退屈だし、
 ジムで鍛えてもビールは飲めないし、野球はフライがとれないし、
 ボーリングは指を傷めるし、マージャンはタバコ臭いし困ったな。
 でも子供の頃から家族全員でやっていたスキーはもう一度やりたいな。
 なぁんにも決めない散歩はずっとすきだったけど。
 あっそうだ!自転車をやろう!と閃いたわけです。(スピードと自由、ちょっと健康。)
 乗ってみるとこれが良いのです。朝5時の薄明るい車のまだ少ない表通り。
 はじめは怖かった車道走行も慣れてくると、その開放感は半端じゃありません。
 これっていつか前に経験あるなと考えてみるとあっそうか学生時代のデモ行進か!
 御茶ノ水や新宿の表通り行き交う車を止めて執り行なわれたジグザグ行進。
 ご迷惑をおかけした皆様方ゴメンナサイ。
 その開放感が自転車にはあるのですよ。I Love Bike.

   そう言えば曲り角に来る度に、好き勝手に右・左と決めながら歩く目的地を持たない
 <絶対・散歩>というのをモトオカは続けてきましたが、ついに究極のコースに出会いました。
 (それって矛盾じゃありませんかと突っ込んでくる君は正しい。)でもあるんでやんす。
 (どうも蒼井優「おせんさん」の口調になってしまうんでやんす。)でも秘密でやんす。
 東京人気のスポットなんかになって、テレビで紹介なんかされたら困るんでやんす。
 (先日あこがれの上高地に行ったら、人で人で、ここは上高地銀座か上高地歩行者天国かって位。)
 だから秘密でやんす。でもヒントだけ言っちゃいますかね。<お>がつきます。はいそれだけ。

  音楽と言えば先日ついにセネガルの伝説<ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ・パーカッション・
 オーケストラ>を初めて見ました。凄かったなぁ。モトオカ一瞬にして全身の血管が膨張し、
 そこを血液が鉄砲水のように流れ始めました。「キッモチェーーー。」北島になっていました。
 本当にリズムって不思議なものです。
 まだまだそこに音楽の秘密が無尽蔵に隠されている気がします。でもそれが発見される前に
 Jazzが絶滅するのかも知れません。神のみぞ知るです。
 モトオカ少し大袈裟ですかね。18 日長野バックドロップでの Elvin Jones 命日セッション
 (高橋知己ts/井上陽介b/江藤良人ds モトオカp )の様になにかグニュラグニュラドシャーンと
 やって楽しいと、どうや Jazz 万歳やろが!って気になりまんがな。アホやなホンマ。

   今アメリカからどんどん吸収して帰ってきた Jazzman 達と、国内でまともに音楽と
 格闘して成長してきた若手が集結しつつあります。オジサンやばいです。
 でもオジサンは Jazz は毎日生まれ変わる音楽だっていう事知ってます。
 音楽はアホから生まれるんやっ!

  モトオカの同僚ピアノの Tom Pearson が自分の Big Band 解散して何やってるのだろう?
 「ハイ映画トッテマス。」ヘーッ。最近出来上がったので見にいったら、これが良いのです。
 「ターキーボーイ」という映画で、日本のフリーターが音楽にめざめて自立していく物語なの
 ですがとても良いのです。特に編集のリズムがたまらなく良いのです。さすが音楽家!
 今公開にむけて奮闘中ですが、東京映画祭にノミネートされそうです。
 「モトオカさん、どうして TVのドラマがどうしてあんなにつまらないか分かるか?」
 (あっトムさんは火曜日蒼井優ちゃんの「おせんさん」を知らないな?)
 「それは TVが1時間のドラマを2週間で撮っちゃうんですよ。映画は半年かかるのに。」
 そうです時間は大切です。時間は生き物です。大事に扱いすぎると調子にのるし、
 無視してるとすぐ死んだふりするし、薄目を開けて見てないふりして良く見るのが良いと
 心得ます。
   <時間に線なく
    空間に線なし
    朝日さす
    土間のちり
    掃く>  すんずれぃすますた。

 2008年5月2日(金)
  さて2008年もゴールデンウィークまで来てしまいました。
 先日何のアレルギーか全身に発疹が出まくり、熱は出るは、体はダルいは、
 しょうがなく病院へ行った帰り、ハーハーゼィゼィで坂を登リ切って左に曲がると、
 わっコイノボリ!何故かびっくりして言ってました。そのまんま。
 ウン正直だから良し。採用。

   <不精ひげ
    角を曲ると
    鯉のぼり>

  最近ひろい読んだ歌人 穂村 弘さんの本「短歌の友人」の中に、
 「あなたは「歌人」ではないと云われることがある。歌人から云われることが多いが、
 それ以外の人に云われることもある。
 確かに私は控えめにいってもオーソドックスな作風ではないし、相手も必ずしもネガテイブな
 意味でそう云ってるとも限らない。(中略)
 何かの機会に、本物(?)の他ジャンルの人が作った短歌を見たり、
 歌に対する彼等の<読み>を見たりすると、「うーん、やっぱり俺は歌人だよな」と思えてくる。
 そんな風に感ずる理由はなんだろう。いつだったか永田和宏が、歌人以外の人の歌の<読み>に
 心から納得出来た事がない。という意味のことを書いているのを見た記憶があるのだが、
 基本的に私も同感である。」と書いてあってウヒャーとびっくりしました。
 つまりこれは「それって短歌じゃありません。」と言える次元があるって事でしょ。
 「短歌じゃない短歌はちょっとね。」て事でしょう。中々言えませんよネこういう事って。
 少し前にも作家の保坂和志さんと高橋源一郎さんが、「小説のことは作家にしか分からないと」
 言い放って僕は驚きましたが、今や中核に居る人はすごく挑発的ですネ。
 じゃ僕も言ってみる。まず咳払いしてから「そんなの Jazz じゃないヨ!エヘン」
 でもすぐ心優しき Jazz man は「いや違う。僕がこの音を理解しない事を
 「Jazz じゃない」という言葉で言っているだけで、これを理解する別の視点があるはずだ」と
 ためらうわけですヨ。そしてすぐに
 「 Jazz が人気ないのは僕達に何か足りないものがあるせいです。」と自己申告しちゃう。
 でもね確かにスタイルや外見は違っていても良い音を聴くと<いやぁー Jazz だなーっ>
 って納得する事があるのも正直なところなんですよ。自由なんですよJazzは。
 あの Miles Davis だって Rock だ Hip Hop だとスタイルを変えながらも
 追求してたのはCharlie Parker と Dizzy Gillespie のあの音だったと告白したし。
 現在ドラムの第一人者 Al Foster だって「 Parker のニオイのしないものは Jazz じゃない」と
 差別するし。それってあるのです。

 話は違いますが、僕も時々 Jazz 聴いてくれる人の聴き方は
 これで良いのかと思う事があります。 Jazz は野球ではありません。(あったり前だろう。)
 僕も神宮好きですけど、どちらかというと Jazz はサッカーです。(ハッ?)
 一応ポジションは決まっているし、戦術もない事はない。でもね最終的には想像力でしょう。
 想像力の自由でしょう。あの広い競技場に、点となり、方向が生まれ、速度を増し、濃淡が変化し、
 あのゴールの瞬間にむけて両方の選手がからまりあう。
 あのホームベースに予想と期待をこめて見守るのは Jazz の聴き方とちゃうと思いますねん。
 サッカーを競技場で見る時の目の開け方。注意の散漫の仕方。
 プレーの濃い薄いはありますが、目を半開きにして全体を見るでしょう?
 あれがJazzの聴き方やとちゃいますやろか?
 全体で聴くもんです。「かっせかっせホームラン」ではありませんよ。
 そこのところと、オリジナルに対する拒否反応が気に入らねぇんだヨ。
 (喧嘩ごしになることないでしょ。)オリジナルはでえじにしねぇと。
 何でも良いと思うものとりこんで工夫していつの間にか洗練の極地までいくのが、
 日本のやり方としてそれはすごい。でも ね Jazz は違う道を行きましょうよ。
 全体をぼんやり見る。聴き慣れない音と遊ぶ。言葉はしばしお休みをいただきましょう。

 穂村 弘さんは続けて「他ジャンルの人の短歌の<読み>については、定型観がどうとか、
 <読み>の軸がどうとかいう以前に「何かが分っていない」「前提となる感覚が欠けている」
 という印象を持ったことが多い。(中略)「前提となる感覚が欠けている」とはどういうことか。
 例えば「歌というのは基本的にはひとつのものがかたちを変えているだけ」という感覚の欠如
 というのはどうだろう。」  ウーム成る程なぁ。
 ということは「 Jazz っていうのは基本的にはひとつのものがかたちを変えているだけ」は何となく
 分かる。でもネ。はたしてそれだけなのか!の感覚もモトオカ君非常にあるのです。

  3月23日、30日 ついに見ました。体験しました。ピナ・バウシュの世界。
 ピナ・バウシュ・ブッパタール舞踏団の「パレルモ・パレルモ」と「フルムーン」
 何か月も前から楽しみにしていたけれどすごい。すごかった。何の物語があるふうでもなく、
 どこに収束していくでもなく、ただ遊ぶかのような拡がっていく自由の空間。
 これに憧れない Arisist はいないだろうな。ごくあたり前に見えてしまうあたり前じゃない事、
 あたり前じゃなく見えてしまうあたり前の事、を行ったり来たりして最後は子供の世界の大団円。
 言葉も美術も衣装も過不足なし。参りました。これをピナ・バウシュというあの細い小さな
 オバハンが創りだしたというか、引っ張り出したのだから人間というものはすごいなぁ。

 2008年3月26日(水)
  さて春になってきました。長い冬のあいだ閉め切っていた音楽室の
 窓を開けると、なんとも言えない春の空気!
 3月9日には1月に急に亡くなった風雲児・小林タ−坊武仁を音楽でおくりました。
 本当にたくさんの人達が来てくれて、にぎやかな会となりました。
 70年代 New York 時代の長家友達だったベースの鈴木チンさんから
 タ−坊が「しっかりした良いベースだな。」と尊敬していた紙上さん、
 タ−坊が酔っぱらって路上就寝中にベース盗まれ仕事が出来なくなった時
 こころよく貸してくれた小杉さん、New York 在住日本人 jazzman の首領・
 中村照夫さんの弟弟子だということでかけつけてくれた高梨道夫君、
 ベース協会副会長の名人田辺さん、いつもター坊のベースを厭な顔ひとつせず
 運んでくれた岡部君、そして当日タ−坊名曲集をタ−坊にかわって
 演奏してくれた山口君と Bassist が7人も!前代未聞のセッションでした。
 そして何よりタ−坊がもがき、闘い、発見し、書きとった美しいオリジナルを
 タ−坊の信頼厚かったTpの高瀬龍一君がバンド「Happy Hours」を再結成して
 演奏してくれたハイライト。
 これをタ−坊の57才の誕生日に出来た事は本当に良かった。
 写真のタ−坊も楽しそうでした。みなさん有難う。

  先月から続いているオリジナルを大事にしようというムードはまたモトオカを
 色々なライブハウスにひっぱりだしました。

  まず3月4日西荻アケタの店。「月の鳥」という不思議なバンド。
 常日頃からピアノの渋谷毅さんの旺盛な消化力には驚いていますが、
 この日はギターの石渡明広君のオリジナル曲のみのバンド。
 (Ds 外山明/As 津上研太)素晴しい!曲が本当に素晴しいのです。
 石渡君の感性によって感じとられたグルーブやコードの色彩やメロディの自由が
 見事に組織され Shiny and New Car として登場。ウームマイッタ。
 天才石渡にして出来た事なのか、メッチャクヤシイでした。

  3月8日高田馬場サニーサイド。
 先月市川の HS・Trashでメビゥスの輪のような裏も表もないような不思議な
 オリジナルを提供してくれたベース佐藤有介君のバンド「Giraffe」。
 (Pno 中嶋錠二/Ds 上村計一郎)のピアノトリオに去年ベース協会コンサートで
 おじさん4人に混じって CHarlie Mingus を叫んでくれた美声のボーカル佐々木朝美嬢。
 なにしろ広大時代はメルロ・ポンティ(って誰だ?)の研究家だったという佐藤君、
 さぞやメビゥスかと思ったら予想に反した叙情の世界。
 直球勝負ながら細かい所に工夫が行き届いていて、これって日頃からの
 音楽態度のねばりの現れだとモトオカ君若者見直す。
 (なかでも「雫」っていう曲は傑作でさいごにもう一度リクエストしました。)

  3月10日は横浜 Bar Bar Bar で洗足大学生をモトオカが組織する Band。
 去年から5回の演奏で成長したこのBand も vocal の中村サリーさん、西村麻貴子さんと、
 ds の木下晋之介君は卒業、皆自覚も出てきたし、優秀だけれど外の世界はまた違うゾ。
 色々なことあるだろうなぁと。うまくいくとよいなぁと感傷的になるモトオカ君。
 (何しろ消費者の暴力ふり回すお客さんの前でどうひるまず闘っていけるのか。)
 エーイママヨ。やっていくと、続けていくと見えてくるものもあるのだヨ。
 だいたい僕はずうっとフリー Jazz ってよく分からなかったにです。でも

  3月12日 原田依幸(p)、小山彰太(ds)、望月グズラ英明(b)、時岡秀雄(Ts)、そして
 蜂谷真紀(vo)さんのフリーJazz はおもしろかった。
 たぶんゆるいきまりの中で5人が対峙し、独立していながら相手を尊重し、
 それが大きな物語となって出来てくる様はまさに壮観。原田君の強いウタを
 彰太が受け止め(彼の余裕はとんでもない物だ、彼の過ごしてきた時間の凄さ!)
 そして最後はグズラがしめるチームワーク。ああフリーJazz も面白いんだ。
 だって同じだもの、僕達がやっている事と思いました。昔は分からなかっただろうなぁ。

  考えてみるとJazz は共演してくれる人が非常に大切です。
 あの Miles Davis もどんどんstyle 変化させながらも、
 「あいつだったらどう感ずるかなぁ。恥ずかしい事はできないゾ」と
 内心昔の仲間をいつも気していた程だから、
 いつも横に居てくれる共演者は Jazzman にとって宝の山です。
 僕などもライブの何日も前から、あの人とあの人と一緒に演奏すると
 考えただけで、曲が浮かび、展開が浮かび、ああ成るかもしれない、こうかもしれないと
 想像が膨らみだし止める事が出来ない。これってすごい事なんです。
 人間自体が音楽の格納庫!ジャズマンは全員爆弾を抱えたテロリストであります。
 (おいおい物騒な事言うなよ。例えが悪いよ。)
 それなのに何故だろう?と考えこむ事もあります。

  3月8日今年で27回目をむかえた浅草ジャズコンテストに見学に出かけました。
 以前はアマチュアの登竜門だったのが、今はもうプロアマを問わない天皇杯状態。
 さぞかし我こそはという人達が競い合って凄い事になるだろうと期待して
 行ったのですが、これが何故か面白くないのですよ。
 演奏者が<私にはここがジャズの面白いところなんです皆さん>って事より
 叱られないように演奏している感じ。これじゃ街の音楽教室の発表会じゃあっりませーんか。
 何かがおかしい。それぞれ若手ハードバップ代表とか、女性奏者代表とか、ストリート系代表とか、
 デキシー代表とか、高校ブラバン代表とか、何かを代表しているのだけれどそれだけなんです。
 自分の枠を超えてこない。ウーム日本社会のせいか、ジャズの現状のせいか、
 若者達の夢のなさのせいか、何かがおかしい。
 (僕は最終的には共演者に対するそして観客に対するリスペクトが足りない事と、
 時間の不可思議を感じとっていないせいだと思いました。)

  そう言えば3月で終ってしまうNHK「ちりとてちん」は偉かったなぁ。
 本当にストーリーどうなちゃうのとドキドキもしたし、今テーマにしたい事を扱ってるし
 (その一番はそれをどう言うか”How ”がきっちり工夫されているし。)
 草若師匠と和久井かあさんには随分泣かされたし、作者の藤本有紀さんを尊敬します。
 オリジナルでした。有難う。

 2008年3月3日(月)
  3月となって徐々に春めいてきました。朝も6時過ぎにはあけてきます。
 僕は散歩が好きです。それも早朝の。
 朝日が昇る前に家を出て、右にしようか左にしようか決断しながら
 (とは言ってももし上のほうから見てる人が居たらただの千鳥足でしょうが。)
 瞬間ですけど決断しながら歩いていくうちに夜が明けてゆく。
 さてここはどこじゃ。昨日のお宿はどこのお宿、はて今日はどこで休めるやら。
 明日こそは京の都にたどり着けるのかしらんと・・・・。
 いや未だ練馬に居るわけでして、さすがにチョット飽きた。
 いちじプールにも一生懸命だったけれど、はたと考えると25M行ったり来たりで飽いてやめた。
 で主観的には重大に決断しながら歩みをすすめているようではあるが
 すごい高い所から見るとほぼプールの行き来と同じじゃないか。

   そうでした。たまには外にでてみるかと1月末に久しぶり北海道に行ってきました。
 例によって早朝歩いてみると感動的でした。深い雪を踏みしめて歩いて行くと
 ゆっくり東山(もちろん東側、時々暴発するので有名な有珠山は北西の方)のほうの空が
 明けはじめる。冷たい空気のせいだろうか。ピンクとも紫とも藍色ともいえない
 刻々と変化していく宝石のような透明な光りなのです。
 随分前ですが長い間住んでいたし、時々は行ったり来たりもしたけれど、
 見た事はなかったのかしら?それとも最近得意の忘却の術かしらん、神秘でした。
 内浦湾に浮かぶ雲々、陸にあげられた小舟、海に進みだした漁船たちと雪。
 たまにはちがう場所に行く事も良いものですね。

  話しは変わりますが、僕はずうっと Jazz にはとても大きな可能性があると理由もなく
 思い続けているわけですが、何故 Jazz は皆に好かれないんだろうかもと思い悩み続け、また
 不思議なことに、そうやって思い悩み続けるといつの日か答えがくるとまた理由もなく
 信じ続けて57年。この理由もなく思い込むのは3月28日生まれ牡羊座の特徴だったかしら?
 AB型のせいかしらん?思い込んだら最後 Jazz を始めてから約37年間全部
 Jazz しかない長い1日みたいなもの。「えらい損したような気もするなぁ。」と言うと
 我が賢き息子が言いました。「じゃぁな親父、今日から1日を2日だと思って生きれば
 あと37年でモトとれまんねん。」なるほど、さすが我が息子、よく言うた。

   で始めました。朝起きると朝で、昼寝して起きるとまた朝で、晩飯食べて1時間ほど
 うたた寝するとまたまた朝で、という具合に生きると成る程1日が2日にも3日にもなる。
 なにせモトオカ君30歳で New York に移住してから Jazz しか知らず、又知りたいとも思わず、
 知ろうともしないで27年間生きてきたのだから超浦島太郎さん。
 TVドラマは「前略おふくろ様」から知らず、歌謡曲は松田聖子ちゃんから知らず
 第一次漫才ブームから高橋源一郎さんや荒川洋治さんやポストモダンから河合隼雄さんまで
 全然知りませんでした。
 そこで1日が2日になったから時間も出来たので、記念に図書館や本屋さんに行って
 本を読み始めてみると、言葉はちょっと大袈裟ですが、あちこちに苦しい戦いを続けている人が、
 各分野で孤軍奮闘している人が確かに居るんだという事が分ってきました。
 それぞれが何とも微妙なタッチでそれぞれの戦線を持ちこたえているんだ。
 (敵は誰とかは言いませんが。)ヨッシャ。

  閑話休題。
 2月29日千葉は市川で駅前区画整理で追い出されたライブハウス H STrash が新装開店。
 元岡トリオで出演しました。メンバーは「演奏する時はなるべく情報が少ないほうが良い様な
 気がします。」と名言をはくメルロ・ポンティ研究家の若手ベース佐藤有介君。
 加えて洗足音大在学中からモトオカ君の持ち出すモンクやサッドジョーンズをすいすいと料理し、
 ボストン・バークレーから帰るとすぐ2007年横浜ジャズコンテストでグランプリを
 取ってみせるという離れ業の持ち主 As の福本陽子嬢とのトリオ。
 やりたい曲をやろうと始めたトリオは今回で2回目。
 「オリジナルやってよいですか?」
 はいはい大歓迎です。
 「この曲ニュウオーリンズからヒントをもらった曲なんですが。」
 Aフラットマイナーの難曲ですけど、とても良い曲です。
 この佐藤君の曲はどこが表でどこからが裏か分からないメビウスの輪みたいだけど面白いね。
 「何にも考えてないんですけど。」あっそう。
 (やはりオリジナルは面白いなぁ。伝統や歴史が個人の感性で分解した変な物と変な物が、
 変なふうにくっつき全然ちがうものになって、生まれ変わる様はスペクタクル!
 以前にはオリジナルバンド北海道 band で自爆したけれど、やはりこの道がここ10年の
 モトオカ君の目標だなって思いました。

  春に一首
   <油そば
    初めて食いし
    春の日に
    ありがとうと
    いふ 誰に>

 2008年2月7日(木)
  1月6日でした。(正月も終ったしな。今日は東北の詩人の伝統Dsの古沢良治郎さんを聴きにに行こう。
 今夜 演奏する「ね」というバンドは、古沢さんが10数年にわたって続けてる丹精こめたものだ。
 さてさて)と出かけた先は西荻窪のあけたの店。ここは都内数少ない Musician's place。
 ホッとするんですヨ。 いよいよ始まるな。 「僕は60年代学生運動に興味はありませんでした。
 僕にとっての60年代は John Coltrane でした。」の古沢さんの前口上のあと突如・・・。
 「John Coltrane !」「John Coltrane !」を全員絶叫しながら Blues に突入。ギョエ 音デケー・・。
 爆音から鼓膜を守るため口を開けた状態のまま、モトオカは少しづつ冷静になってきました。
 若いプレイヤー達はしっかりしてるし、古沢さんの指示は適確だし、曲にめりはりはあるし、
 この圧倒的音量はすげー厚塗りの油絵の様でもあり。
 そういえばモネの晩年はすげー厚塗りだったなぁとか、口をあんぐりあけながらボンヤリ考えました。
 (アッ これって言葉を詩人が失っちゃったんじゃなかろうか。これを伝えるふさわしい言葉があれば
 どうなんだろう?) なんてもチョット思っているうちにステージ終了。あーあ凄かった。

  久しぶりにオリジナル曲の洗礼を受けて外に出ると、まだ夜の10時。遊び足りないな。
 そうだ荻窪のベーシスト小林ター坊と会っていこう。電話をしても応答なし。じゃぁ家までいっちゃえ。
 「ター坊、ター坊。モトオカだよ。」と呼んでも答えなく、寝ちまったか。
 翌朝 連絡あり。「小林さん亡くなりました。昨夜でした。」  「・・・・・」

  ター坊こと小林武仁は1951年温暖な静岡由比町生まれ。
 ほぼモトオカと同じ音楽的記憶つまりシャボン玉ホリデーからアメリカンポップス、
 ベンチャーズ、ビートルズを経ておや?Bluesって何だ?Jazz って何だ?
 という流れにいて(モトオカ君は平行してブラバン、コーラスもやりましたが)
 「エーイ 日本は狭苦しい。外に行きたい。」とカナダに渡り、そこでベースのあの中村照夫さん(その頃
 スタンレー・タレンタインのバンドの一員)と知り合い、「ター坊ニューヨークに来なきゃ駄目だヨ」の
 一言でニューヨークに。だからター坊の Jazz はニューヨークたたきあげ。
 でも80年 ニューヨークに渡ったモトオカとはすれちがいの帰国。
 だから始めて会ったのは忘れもしないモトオカが帰国してすぐの84年冬。
 新小岩のあやしげなナイトクラブ「夜の銀狐」(すごい名前だね。)
 酔っぱらいのオッサン共のことなど知ったことか。
 こっちゃギンギラギンのBebopだぁい。・・・・・・ はい、すぐクビになりました。

  その後、ター坊はどちらかというと、Jazz Club のスクエアーさが合わなくて、街でのLive 活動中心。
 マジックからパントマイムありのバラエティショーの様な。
 なにしろ自分が面白いと思うもの全部入れちゃうのだから、まさしくニューヨーク仕たて。
 その後再び渡米。今度はカリフォルニアに。
 そこではクラシックベースの勉強やり直したり。でも何より一番大きな事はきっと、
 アメリカ・インディアンの音楽が自分達日本人に共通しているんだという発見だったのでしょう。
 その地点から自分のオリジナルを書き始め、これが何とも美しく哀しいメロディなのですよ。
 2004 年にはCD 録音もして、とても素晴しいのです。
 その頃からかなター坊が、「カズヒデ、俺達がやってるのはたまたま jazz なんだよな。
 もしかしたら何でもよかったのかもな。」なんて事いいだしてたな。

  さて19日 我が師匠 バリー・ハリス聴く。1929年デトロイト生まれ、78歳だ。
 赤坂Bフラットに着いて(昼1時からのマチネー公演。でもすごい人人)
 すぐ楽屋に行くと、居ました。ポツンと動物園の忘れられた動物の様に静かに。
 「バリーさん、もうきっと憶えていないでしょうが僕は80年あの Broadway にあった、
 ロフト Jazz Forum であなたからいっぱいの事を学びました。」と言うと
 全部忘れていた様にみえた眼がクルッとなって「Oh Oh Oh!」と嬉しい顔になりました。
 「What's your name?」「My name is Kazu.」(一英ですから)と言うと、
 「Oh first Kazu !」(いっぱいカズはいるからな。でも first だとチョット偉い)と言って
 ポートレートに「To Kazu,  Music Always, Barry Harris」と書いてくれました。

 そして我同志ベースの小杉敏とドラムに横山和明を従えての演奏が始まりました。
 すごい!すごい!天真爛漫とはこういう事か!予想してはいたけれど完全に超えてました。
 どのサウンドも、どのフレーズも、どの音もまるで初めて弾かれるかの様。
 音が今生まれて、音自体がその事に驚いている様にすべては弾かれ、大事に弾かれ、
 やんちゃに弾かれ、全部が音楽。Music Always!か、まいったなぁ。

 Jazz でこんなところまで行けるのだ。
 それも自然に歳をとりながら。(その事がモトオカにはすごい事に思えました。)
 今回は Jazz やって死ぬ事と、生き続ける話になってしまいました。

 昨日NHK「SONGS」でやった忌野清志郎がしみました。
 「どうしたんだ Hey Hey Baby
 機嫌直してくれよ
 Oh 雨上がりの夜空に輝く
 Woo 雲の切れ間にちりばめたダイアモンド
 こんな夜にお前に乗れないなんて
 こんな夜に発車できないなんて・・・・」

 しみるぜっ ベーベー!

 追伸:Information 更新しました。
    「みんなでター坊をおくる Jam Session 」  ご覧下さい。

 2008年1月6日(日)
  皆様、明けましておめでとうございます。(って言うんでしょうね。この時季)
   < 願かけて
   ならび待ちたる
   初もうで
   同じ鼻もつ
   人々見て楽し>

 初詣は我が石神井が誇る「氷川神社」に行ったところ、一時間半待ちの大行列。
 めげてもう少し近所の氷川神社の支店みたいなところへ行ってきました。
 その時並んで待ってると、本当に同じ顔の雑作したおじいさん、おばぁさん、そしてお父さん、お母さん、
 (夫婦というのも似てますネ) 子供達が何組も何組も並んでいておもしろいなぁって。
 寒かったけれど良い天気で気持よかった。

  今年も大晦日、正月と恒例の阿佐ヶ谷マンハッタンのオールナイト Jamsession で過ごしました。
 望月マスター大明神の御利益を信じてか、Jazzman 達が集まること集まること。
 シャンシャン、今年は良い事がありますように。
 なかでも若手(20才台から30才台前半の)プレイヤーの層の厚さと充実ぶりは心強いかぎり。
 一人一人自分独自のテーマを持って演奏していて、興味つきなし。
 これに洗足音大をはじめ全国各大学の Jazz 研が下から来ていて、あとは誰かが着火ボタンを押すのみ。
 (今なんだけどなボタンを押すのは!! オーイ、プロデューサーはいないかネ)

  3日はまたよく晴れて富士の美しい静岡市へ。
 ホテルセンチュリー新春 Jazz フェスティバル2008。
 一部は大井さんのバイブに吉岡君のピアノ、谷口さんのベースという3名人の共演。
 二部は渡辺文男カルテットに仲田サリーさんのボーカル。
 サリーさんのソウルフルな「Bye Bye Black Bird」から舞台は急転回。
 J.Coltrane の「A Love Suprence」 全4曲連続演奏。
 ギャーギャーブーブーギャラギャラドシャーンブーンと演って快感。でも正月からいいんですかネこれで。
 三部はなんとも暖かい人柄のティファニーさんのボーカル。楽しかった。
 (あとの打ち揚げでも「What a Difference A Day Makes」を歌ってくれて、モトオカ不覚にも涙)

  帰ってきて5日。今日は映画を見よう。池袋あたりで何かやってないかなと、アッあった。
 デビットリンチの新作「インランド エンパイア」とアキ・カウリスマキの新作「街のあかり」。
 「街のあかり」はいつもの調子のボソッボソッとしたカウリスマキ調 (僕はこれが大好きです)。
 でもやられました。「インランド エンパイア」全然分かりませんでした。
 どれが現実で (といっても映画ですけどネ) どれが夢なのか、どれが現在でどれが過去なのか。
 この人達は一体だれなのか全然分かりませんでした。いやービックリビックリ。
 分からないものっていっぱいあるのですヨ。

  去年の3大分からなかったもの大会。
 1) アラン・プラテル・バレエ団「聖母マリアの祈り」
  ビナバウシュの踊りを T・V で見てその美しさにモトオカ君はそれと並び称されるアラン・プラテルに
  大期待して出かけたわけですけれど、パンかじる始まりから、身体が不自由な人の動きが続き、
  ピコピコ・グニュラ・ボビョーン。何がおもしろいんだか最後まで全然ピントが合わず降参。一敗目。
 2) 荒川洋治さんの詩集「心理」
  荒川さんの「文芸時評という感想」に小説を読まないモトオカ君もそうだよナととても納得しのに、
  その本気の詩集(これは萩原朔太郎賞とったのです)には困った。僕だって音楽家のはしくれ。
  意味なんかなんぼのもんじゃとは思ってますが、参りました。
  難しい言葉なんか全然ないのに、よっしゃ今日こそ無理にでも腑に落としてみようとしてもいけません。
  全部こぼれてしまう。降参。二敗目。
 3)今をときめく映画監督 三池崇史さんの「スキヤキウエスタン・ジャンゴ」
  印象的出だしから、コリャいけるかもと思ってたのは始まりだけ。
  あとは意味深な表情と意味だけ伝えようとする英語が気になって(きっとそういう効果を狙ってるんだ。
  と自分にずうっと言いきかせながら、でも何の効果?) ついに途中退場。三敗目。

  とはいえ、もともと「迷ひてこそ散歩とぞ思ふ」とのたもうているもとモトオカ君は、
 分からないが嫌いじゃない。メチャくやしいが厭じゃない。むしろ来い来いって感じ。
 (英語でよく使う The Great Unknown って悪い意味なのかな?オイラは楽しみだけどね。)

  さて今年はどんな分からないに出会えるか興味深々。

 2007年12月7日(金)
   < 秋の日に
   落ち葉掃く手は
   レレレのレ
   救急車走る
   消防車走る >    デハッ。

 最近いよいよ言葉があやしくなり、漢字は思い出せないし、頭で考える事と全然別の事
 口が言っちゃったりして。
 相手の反応がおかしいなってところで、やっと気がつく始末。
 そこで新版「広辞苑」を予約してきました。7,800円也。これで万事大丈夫。

 まぁ何の予告もなく突如12月も中旬あたりに投げ出された感じのモトオカ君であります。
 毎日何してるかって? 好きな事を好きなだけ好きな様にやるに決まっています。
 そのしばりはきつくて、中々楽しくない事まで気が回らなくてスミマセン(何で謝ってンの)。

 11月13日 現代ドラムの奇才 外山 明君とのトリオはこりゃ楽しゅうございました。
 外山君の決めつけてこない Drumming は達人そのもの。
 11月18日 ゲルギエフのマリインスキー管弦楽団は何故かあんまりおもしろくなかった。
 もうクラシックは僕には無理なのかと諦めかけた時、急におもいたってオーディオテクニカの2万円の
 ( Expensive!! ) Head phone を購入。そしてこれで聴くクラシックはこりゃ別物。おったまげました。
 何かおそるおそる初めて海につかった子供みたいにクラシックに入り始めたのですけれど(小さな波が
 来るとギャッと叫んで逃げたり)、クラシックはデッカイです。(海もデッカイけど)
 もう、何でも受け入れてくれる様です。 せいぜい今は「あの時代の人達に伝わるために名作曲家は何を
 感じたのか、考えたのか」あたりの入り口で聴いても叱られないようです。
 そうやって聴くとヴートーベンはこりゃ絶対 Jazz Man だと確信を持つにいたりました。
 (アッ やっぱ叱られるな、これは)   彼の不安の大きさとオーケストラを自分のものにしてる大きさ
 (エリントンもそうだけど)、感銘を受けました。

 その Head phone ともうひとつ、best selection はエコポカ。
 直径約20センチの丸い形状の要する湯タンポ。電子レンジで3分間チンするだけで、8時間はポカポカ。
 冷え性の僕には最高の good news 。背中を押しつけてカメさんの甲羅だヨ。

 暖まって音楽の事つらつら考えると、すごく訓練して、信じられないくらい指が動いて、
 ウルトラ C 連発っていうのはスポーツの世界だけでいいんじゃないかなって。
 音楽って始まる時やっぱり何が起きるか分からないんですヨ。
 分からないけれど楽しい方へひたすら楽しい方へ歩いていく。
 それがたまたま Jazz って呼ばれるだけじゃないか。なんて考えてるとまたまた
 居ました。ちゃんと言ってくれる人が、高橋源一郎さん<日本の小説>。
 『なにかを考える、その直前の、思考のざわめきみたいのもの。
 というか、思考のざわめきが、なにかを触知している、と思える時がある。
 それは、ほとんど、もしかしたらいつもは触れることのできない、世界の底(奥?中?深部?)に触れて
 いるのかもしれないという予感みたいなものだ。
 それは、<ことば>によって引き起こされるのだが、また同時に、その正体を知りたいと思って、
 <ことば>を導き入れると、そのことによって、そのもっとも重要な部分が、
 どこかへ消え去ってしまうような性質を持ったものなのだ。
 そのような、脆い、繊細な、なにかから始めたい、とぼくは思った。』  どうですか?何か書こうと
 思った時の話ですけど、<ことば>を<音>に代える。すると Jazz の話と同じじゃないですか。
 音がおとを遮る。言葉がことばを遮る事があるように。そういう事ってあるよな。
 Jazz の孤島から連帯のあいさつを送らせてもらいます。

 写真の森山大道さんといい、小説の高橋源一郎さんといい、直接じゃないけれど
 まったく Jazz の事話しているようです。 
 そう言えば2・3日前に見た映画『ここに幸あり』のオタール・イオセリアーニさんも、
 高橋さんの言葉で言うと「いい加減」と「いい・加減」のあんばいがスゲー良くて、
 これって Jazz じゃんと思ったばかり。(傑作です)
 何かその語り口こそがポイントかもしれない。(内容じゃなく、あえて)
 語り口にこそその人が出る。もう腹きめなはれ。(なんで京都べん?)
 でもその不安や行き先の分からなさは、Jazzの専売特許です。
 世界は今 Jazz 化しているのちゃいまやろかってか。(オッオッオッサン ダイジョウブカエ?)

 追伸:長年工事中だった Information が何故か動き始めました。  ご覧下さい。
    皆さん良いお年をお迎え下さい。

 2007年11月6日(火)
  おやっ あっと言う間のタメゴロウ。11月になってしまいました。
 モトオカは今も(今年はなんて遅いんだろう)幻の紅葉を求めて、散歩を続けておます。
 そこで一首
   < 今 さすは
   秋の光の
   センチメント
   迷ひてこそ散歩
   とぞ思ふ >    字あまり 字たらず ゴメン。

 先月は朝5時に起き奥日光戦場ヶ原に向かいました。
 紅葉はまだで小雨の中ひたすら4時間歩き、疲れました。
 今月はゲルギエフ指揮のマリインスキー管弦楽団があり(楽しみだ)、出費が嵩むのでお休み。
 (近所の光が丘公園のイチョウ並木も見ものですし)
 来月は駿河湾 由比が浜に桜海老ツアーにでかけます。温泉付き!
 そこで一句。若い時(といっても40才だったけれど)は、海に潜りたくて水泳教室に通ったもんだ。
 今は水泳を止めて、あんなに嫌いだった温泉が好きになってしまってている堕落した心を読んで。
   < ダイブの夢
   遠くなりけり
   おぼろ月夜
   露天の湯を
   かく >     字たらず ゴメン。

  とはいえ、いつもはこんなふうにひどいウタを考えながら散歩をしているわけでは全然なく、
 もうただ曲り角に来るたび、「アッ右ッ、とかオッ左ッとか」100%勘で進路が決まるわけで、僕はこれを
 「Jazz 的出たとこ勝負進路決定」と呼んで、最近非常に重要視しております。
 それから最近とても楽しいなぁと思っているものに散歩最中のスナップがあります。
 ボヤっとして歩いていると、開けているのか開けていないのかよく分からないマナコの片隅に、
 何かが飛び込んできて、(ある時は酒ビンの光り輝くさまだったり、ただの古い家並みだったり、
 遊び終ったテニスコートだったり) ドキッとしてすぐシャッターを押します。
 なにせ本当に世の中はリズムだらけです。
 僕はこの言葉以前のワクワク瞬間がメチャメチャ楽しいわけで、これって一体何だろうと思っていたら、
 やっぱり写真家 森山大道さんの本「昼の学校・夜の学校」の中にありました。彼はこう言います。
 「しかしいくたび会話をしていても問答を重ねても(写真について)いずれもそれは、お互いとりあえずの
 確認事項ということに留まり、魅力をたたえた写真の水脈は、いつも僕らの手の少し先を流れ続けている。
 なんとなれば写真は、常に来たるべき時間との一瞬の邂逅に生ずる他の類のない装置であり、美も醜も、
 すべても内包するしなやかなメディアだからだ。たとえそれが、たった一枚の像(イメージ)を写した紙片に
 すぎないのだとしても。」
 どうです。さすが専門家。言う事が適確。おそれいりました。
 Jazzの孤島から連帯の挨拶を送らせてもらいます。いや待てよ。これってJazzの話と同じじゃないか。
 そこで一首
   < かたちなき
   法なき音を
   たずねきて
   ふところ寒し
   秋ぞ深まる >   スンマヘン。

 今月はめずらしくライブがいっぱいあって、中にはこりゃどうなるのかななんてライブがめじろおしで
 芸術(?)の秋だし、近所の方は是非足をおはこび下さい。
 「あぁ忙しい、忙しい。チョイト失礼しますヨ。」
 (これって不思議の国のアリスの中のウサギの台詞だったかな? 言ってみたかったんだ。)

 2007年10月2日(水)
  チョット態度変えすぎじゃないのというウワサの気候の中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 10月5日(金) 巣鴨とげぬき地蔵すぐ横にある小さなスタジオ(studio FOUR)でのライブのお知らせです。

 9月は New York を生き抜く怪人 Ken Simon との共演で、その出どころの分からぬ(おそらくは
 N・Yそのものの)そして行方の分からぬエネルギーとの格闘が最大のポイントとなりました。
 今回 は 知 る人ぞ知 るあの幻のTV番組「今夜は最高」の先発投手の一人、
 テナーサックス中村誠一氏との共演です。
 誠一さんは、そのたぐいないまれなる率直な言動で名をはせ、
 もちろんそれだけじゃない Jazz も率直< Jazz の楽しさはこれだ !! > というプレイで愛され続けています。

 実はこれまでこのスタジオ4では元岡とオーナー・西島由紀子さんが相談しながら、
 「 Jazz と落語の夕べ」ということで月 1 回ライブをしてきましたが、ついに賭けにでました。
 殿、御乱心。 Jazz の一本立ち。この無謀な企てへのお誘いです。
 Jazz をやってる者としては、20世紀奇跡の様に出現したこの音楽が何故無視され続けているのか、
 哲学し続け(ウソつけ)ノイローゼになってしまいましたが(ハイ完全なウソ)、分かりません。
 皆さん是非お越し下さい。

 2007年9月19日(水)
  やっと眠りかかった猛暑さんを再び起こさぬ様、ソッとおびえて暮らしてる今日この頃。
 皆様いかががお過ごしですか。
 この夏はモトオカには朝は早くから明けてくる空をながめ、昼はプールから流れていく雲をながめ、
 夕暮れにはその変わっていく色を堪能するといった、上ばかり見て過す夏でした。
 (それにしても8月末、まだ暑い北海道で見上げた夜の星よはすごかった。まだあんなにあったんだと
 友達にメールしたりして。)

 そういえば夏の終わりには80年 New York に移住した時、とてもお世話になった<ミチヨちゃん>
 (名字は分かりません)から電話をもらいました。 New York では英語の全然ダメなモトオカ君に、
 最初のレッスンをしてくれたのは彼女のダンナささん<マーシャル>でした。
 彼は長くあのサラボーンのマネイジャーをやっていて、「僕が最高の幸せ者だ。なにしろセイラ(サラを
 そう呼んでいた)がシャワー浴びながら歌うのを毎日聴いていたんだからナ」が口癖でした。
 彼はBassistで一緒にヤンキースの試合に行ったり、sessionに行ったり、パーティに行ったり。
 <ミチヨちゃん>とは、Bebopの伝導師バリーハリスのクラスで会う前は、70年代伝説のJazz Live House
  新宿タローの従業員だった時からの知り合い。
 モトオカ「あれぇ、日本にきてるんだ。」
 ミチヨ「そうよ。久しぶりネ。元気?」
 モトオカ「元気だよ。演奏活動もたまにやってるしネ。ピアノ弾いてる?」
 ミチヨ「弾いてるわヨ。マクドナルドで週4日。わたし家で練習しない人だから、
     すごくいい練習になるし。」
 モトオカ「どう New York 変わった?」
 ミチヨ「変わったわヨ。お金が全部をのっとったって感じね。日本はどう?」
 モトオカ「そうだな。Jazz は焼き鳥屋やソバ屋で流れてる位普通になって、市民権を得たみたいだけど
      実際は聴かれてんのかなぁ。あんまり Jazz がその時その時感じる事を作曲する様に、
      演奏しているって知らないみたい。」
 ミチヨ「そうなんだ。で どうなるの?」
 モトオカ「分かんないなぁ。若い人の中には、とても熱心に追求しているグループもいるんだけれど、
      社会全体はそりぁ Jazz のブームは終っているし、でも映画や文学やクラシックみたいに、
     「アッこれは日常と違うゾ。チョットごついけど必要みたいだし、生で見るとヤバク面白いぞ。」
     とはまだなってはいないな。マスコミは見事に無視だし。」
 ミチヨ「じゃ 大変ネ。」
 モトオカ「そうだね。今 一般の人にアプローチ出来る方法見つけるか、そうじゃなきゃ絶滅だね。
      なんか少子化対策で赤ちゃん生まれると祝福するのに、名ずけられない音楽が生まれるのには
      何の感受性も動かないってまずいよなぁ。人間が保守的になってるのかなぁ。絶滅だな絶滅。
      本当に良いものでも絶滅したものいっぱいあったしネ。」
 ミチヨ「・・・・・・・・・・・・・。」
 モトオカ「なんか話ししてると会いたくなったな。俺行くヨ。」
 と上板橋まで出かけ、その頃 New York に居たテナーの鈴木カンなどとわいわい飲んだとサ。
 モトオカ君はもちろんホッピーでした。はいおかわり。

 2007年8月20日(月)
 今年の夏は凄かった。
 北極の氷も予想をこえて溶け出してるんだって。
 見たわけじゃないけど氷山が大きく崩れて、海に溶け出すスローモーションも納得いく暑さ。

 その暑さのど真ん中 8月4日 館山のレストラン「ひと粒の麦」で年に一回の恒例コンサート
 文男カルテット+鈴木道子(vo)。「とても良いコンサートでした」と言われました。
 終って長年館山のJazzをひっぱってきた柴山マスターの店、やきとりの「Jazz屋」(これってモトオカの
 理想じゃん!?)で打ち上げ。出るわ出るわJazzMan 達ののど自慢大会。
 まずは今日の主催者 金君の「I'm always chasing rainbow」で幕をあけ、文男大将の「My ideal」、
 小杉軍曹の「Love 日本語バージョン」、モトオカ二等兵の「I cover the waterfront」と続き、
 しめは柴山マスターの「ベサメムーチヨ」。
 これが良かった。驚きました。なめらか、スムース!! 今日のMVPでした。

 翌朝は例によって6時に眼がさめ、海岸線の散歩に。
 もうかなりの人が老いも若きも釣りを楽しんでいました。
 「ここに住んでいたらきっとやるんだろうな。海のそばに住みたいな」など考えながら約2時間。
 (本当に散歩は良い。どこにどこをどう歩いても良いというあたり前の事がたまらなく良い。)

 シャワーをあびて、これが館山の楽しみにひとつ、友達の画家 関野研一さんに tel。
 「ケンチャン、起きてた?遊びに行っても良い?」  <いいヨ、オイデヨ> 朝8時半です。
 関野さんの絵は最近、油とスミのが 半々くらい。古い家の玄関を入ると左手の大きな部屋が
 作品の倉庫。右手の小さめな部屋が研ちゃんのアトリエ。ありました。
 正面に何とも言えない静物画(油、わりと大きめ、ニジミ方とはっきりの割合いいな。シックな色づかい)
 左にオイラの大好きなトウガラシの絵。(スミ)
 「ケンチャン、上手くなるんだネ(スミの事)」 (アッ これって生意気じゃない?)
  <ソウナンダヨ。ヤッテいくと上手くなるよネ> (アッ 言っていいんだ)
  <でもね、見ながら描くって楽なんだよネ。見て描けるから。
 でも本当に創るように描くのって難しいヨ。集中して2、3日で描かないと消えちゃうからネ。
 僕って体力ないからサ> (アッ これってアレンジと演奏の違いと一緒ジャン。
 だからケンチャン Jazz が楽しいんだ。)
 「ケンチャン、描くとき自分のやり方って考えるの?」
  <ウーン、考えない。流れを大切にするの> (アッ これって深いかも知れない)
  <今度 娘がパリから帰ってきて個展の話しもってきたんだ。今描きためてるんだヨ>
 「いつさ。来年くらい?」
  <ウーン、もっと先だと思うけどネ。しかし何でも長く続けるって大切だネ、元岡さん。> 
 (ケンチャンそうだよネ。頑張らないように頑張れ。俺 ケンチャンの嘘のない、素直な世界 好きだヨ。
 大成功しようヨ。)
 「じゃ 俺行くネ。またネ」  <アッ もう行くの?>
 「Bye Bye」  車に乗って、できたばかりの館山道 快調。

 新宿 Pit inn に。
 今日8月5日は年に一回の Bassist Festival。
 会長に水橋ゴンさんのもと、東京中のJazz Bassist が結集して繰り広げられる Bassの狂演。
 加藤真一や山下弘治や水橋孝さん等名人達のグループと演奏するのは、わが戦友軍曹 小杉敏4+1。
 沢田一範(as) (これはすごいアルトだ)と村田憲一郎(ds) ( この憲ヂャンもいつも探してる人だ) それに
 寝ぼけまなこのモトオカと小杉さん。(小杉さんはBass だけじゃなく選曲がとても良い。)
 そのオジサン4人にオペラをめざしたという麗若きvocal 佐々木朝美嬢(美声、評判です。)が加わって、
 今日の出し物は、「Charie Mingus4連発」。
 「He puts all his soul jnto Tenor Saxophone」などと Pit inn の舞台で叫びながら piano 弾いて、
 これって快感!! 長い一日でした。

 2007年7月21日(土)
 このまま真夏になってしうのかなと思う6月が過ぎ、7月は見事に梅雨復活。
 ウチのピアノもベットベトで鳴りやしない。
 最近の収穫と言えば、近所にできたカシミールカレーのお店 (モジァフーア 美味です)と、
 連帯の挨拶を送りたくなる本が多数読めた事ですか。

 何年か前忘れもしないアルトの名人大山日出男君のバンドで、
 何10年ぶりに訪ねた沖縄の青い海を目の前にして、「Jazzの本質は不安である。」(カックイイ)と呟いて、
 皆をしらけさせたモトオカ君は長い間そりゃひどい不安病にかかっておりまして、
 「こりゃ治療不可能ですな」とお医者様に太鼓判をおされたぐらい。
 '80年嫁さんとポツンとNew Yorkに降り立った時の不安、
 ヨッシこの不安だけが頼りだと決めたわけです。この不安と一生一緒に生きてやる。
 それが、オイラの仲間もいるじゃんと思い始めた最初は何だったんだろう。

 やはり高橋源一郎さんの「日本の小説」かしら。というより、
 その中に引用されれた詩人 荒川洋治さんの毒舌。これはすごいですヨ。
 荒川さんが10年書いていた文芸時評の中の言葉らしいのですけど、
 「肝心のところで情がうすい」とか(小説の評論ですヨ)、「話のひとつもない」「考えさせない」
 「書く事がない」「思ってもいない事を上手に書く」そして「みたない!」です。
 すごいでしょう。(よく分からないでしょうから読んで下さい) まあすごいのです。
 (それと独自の散文で向き合う高橋さんは小説家だよなぁと感心。)

 それから保坂和志さんの「小説の自由」と「小説の誕生」。
 これはつまりこの小説は何を書いているのですかと尋ねる(この質問って多くありません?)ことの
 不当さかげんをいちいち綿々と書いて圧巻。

 そして加藤典洋さん。「敗戦後論」のデリカシィと粘り強さも良かったけれど、
 「僕は何故批評家になったのか」はもっとおもしろかったのです。
 文芸に限らずフッとと出た言葉が生命を持つ瞬間の不思議をそれこそ徒然なるままに書いていて
 微笑せずにはいられない。
 (そうだよな。難かしい事一生懸命練習して演奏するだけがJazzじゃないよなの連想もあったりして・・)

 でもきわけめつけは内田樹さん。最近の養老先生との対談「逆立ち日本論」スゴイ。
 フランス哲学の研究者であいながら武道家である内田さんは「僕は合気道で相手と組む時、
 どう相手を倒すかとは考えない。組んだ時点で新しい自分とも相手とも異なる第3の身体・
 それは頭が2つ体幹が2つ手足が8本の新生物が生まれたと考えてその動きの特徴を掴む事に
 集中するんです」よだって。こりゃすごい考えである。吃驚しました。
 (これも何かJazzのBandの事連想するし。)
 とにかく良いこだわりしてる人が僕とほぼ同年代にいてくれる。同志よ。
 また勝手にJazzの孤島から連帯の挨拶をおくります。

 追伸・昨日はBest Of Tangoの公演を見てきました。楽しかった。
 あのバイオリンとチェロ・ベースにバンドネオンそしてピアノのクインテットって
 なんて凄い楽器の組み合わせだろう。天才の仕業・ノーベル賞です。歌も踊りも進行も一級品。
 嬉しくなって鷺宮のお好みや<春よ来い>でついたらふく飲んでしまったとさ。

 2007年5月26日(土)
 先日16日あけたの店で渋谷 毅3+1を聴いてきました。これが刺激的 !!
 ゾクゾクする程面白かった。
 メンバーは、映画音楽から子供のウタまで作曲のペンは抜群で、
 今 世界に冠たるユニークなオーケストラくを統率する渋谷さんのpiano。
 それを忘れもしない僕の初恋のピアノトリオ故 本田竹広3の望月グズラ(b)と古沢良治郎(ds)が支え(?)、
 そこに外山 明君(ds) が加わるというのですから出かけない手はありますまい。

 当然、綿密なリハーサルがあった様子もなく演奏は始まって、(つまり、いつもいつも考えて工夫して
 きたことがそのまま生のままそこにあって)それが面白いのですヨ。
 渋谷さんは骨太のエリントンのように直球ど真ん中に投げ込んでくるし、
 音楽への信頼そのものの様に響くグズラのベース。
 その二人に古沢さんと外山君2人の Ds。かなり要注意ですネ。
 古沢さんは、人並みはずれた earthy 感覚に pop がかくし味。
 でも本質はクラシックの様に責任感のもの。Ds は音楽に対して何が出来るか。何をすべきか。
 その事を考え続ける事が音楽を楽しくしないはずもないとする確信の深さ。
 外山君はそれに対して、曲は大切だけど最終的にはどうでも良いの。
 僕は子供の時からこういうふうに音楽感じてきたらしいの。
 それが楽しいのゴメンナサイ的自由の飛翔。(やはりとても民族音楽的なもの感じます。)
 Ds 2人は大地の優しさと大空の自由。
 この4人が確信し合い、聴き合い、押し合いへしあい、音楽が出来てくる様はまさにに壮観。
 地球誕生のよう。
 嗚呼日本の Jazz man 達(オットオイラもか)は日夜闘いつづけています。ローンレンジャーの様に。
 皆様ご来場を!

 2007年4月16日(月)
 K君元気? 焼き鳥屋通信です。
(モトオカ君は今痛風・肝臓障害・糖尿の三重苦となっており、
 お医者様からきつく禁酒令が出とりますがな。)
 また癇癪がおきてここに居るわけですけど、やっぱりNew Yorkのライブハウスは
 焼き鳥屋にそっくりだと思うわけで、ここに居るとホッとするわけです。
 思えばNew Yorkに移住した'80年、右も左も分からず途方にくれた毎日。
 とある日手紙を出しに行ったのかしらん、郵便局から出ると空がやたらきれいで、あぁSkyだなぁ。
 Skyと空は違うものでJazzはSkyの側にあって、空は中原中也の側にあって、
 これは困った事になったぞと強く思ったのは何故だろう。
 しかしカシラって旨いねぇ。こうやって焼き鳥食べながらホッピー飲んでると、
 ホントに生まれてきて良かったなと。
 そう言えばあれみてます?あれあの火曜日の10時4chの。セクシーボイスアンドロボって言うんですよ。
 いやー泣けますよ。真面目だし。いいよ。誰なんだろうね木皿泉っていう脚本家は?
 ドラマ関係は面白い人がどんどん出てきますね。Jazzもきますよ。見てなさい。
 ホンジャ。また飲もうね。オット、駄目なんでした。

 2007年3月20日(火)
 唐突ですが、昨夜新宿Jazzの老舗 中平さんDugから代替りした新 spot Who's Whoで、
 三上クニTrioを聴いてきました。スンゴク面白い!!のです。
 三上クニとは1980年僕がNew Yorkに移住した時以来の知りあい。
 初対面で新婚ホヤホヤの僕の奥さんに「キミ可愛いネ」と言い寄る失礼な奴の印象。
 (その彼がBebapの高僧 Barry Harris 師の高弟と知ったのは後のこと)
 その三上クニが壊れてる。(もちろん良い意味です)
 朝から、ともかく自分の好きな事だけ好きなだけやろうと決めてる57才目前の(トホホ あと8日だ)
 モトオカ君にとって、ピッタシのデタラメさ。(もちろん良い意味です)
 grooveもしっかりあるし、フレーズもきれいだし、コードworkの美しさというと良いJazzみたいだけど、
 それが突然虚空に投げだされる感覚、見知っていた素敵な街並みが一転して、
 アッここは森だったんだと気付かされる驚き、それも相当深い森だったんだと感ずいてくるスリル。
 クニの見たJazzの自由。僕の耳には始めから終わりまで全部好きなように弾いてみたらこうなりました。
 と聴こえました。タッチから休符から音の厚みから、シンプルさから好きなように弾くゾと。いう意志。
 これはJazzじゃない芸術です。いや芸術じゃないJazzです。(どっちでもいいや)
 こういう歳のとり方っていいな。 心聴必見。

 2007年3月5日(月)
 きわめて唐突ですが、
 「ニッポンの小説」の高橋源一郎様に勝手に連帯を表したいと思います。
 < 散文は異常だ。> そうだ!
 < 散文は抑圧の道具だった。> いいぞ!。
 それも散文を使ってそれを言ってのけた!! ヨッシャ。
 優柔不断と言われ続けた僕達の世代の経過点・現状報告。
 モトオカ君はそのほとんどを風呂につかって読みながら、
 Jazz の孤島から勝手に連帯の挨拶を送ります。

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