【イントロダクション】

-Written by MIYA-


 

 

×月○日 晴れ

 

 

とにもかくにも、色々なことがあった。

 

我ながら、あまりにも大ざっぱだと思うが、

書いたら書いたで、人が見れば、作り話だと笑われるに違いないのだ。

だけど、別に信じてもらえなくてもいい。

ただ、私は知っている。たくさんの―――そう、本当に沢山の思いがあったのだということを。

 

ただ、過去に何があったか、ではなく、今の自分が大切だと思う。

「後ろを振り返ることも、時には必要だけど、人間は前を見て歩かなければならないの」

これは、私の師父たる人の言葉だけれども…

 

…少し文章が固いかな。

久しぶりだからかもしれない。 

 

そんなわけで、私は今また日記を付けている。 

習慣というのは恐いもので、結構なブランクがあるはずなのに、日記帳の上にペンを走らせる感触は、どこか懐かしいものがある。

「近頃は、日記もキーボードを叩いて書く人が多いと聞くけど、実に嘆かわしいわ」

…これも、師父たる人の言葉である。

彼女は、世間一般のいわゆる形式的なものを嫌っているくせに、「字は紙に書く」ことにこだわっていて、

「手紙もレポートも、やっぱり手書きでしょ」…という、ちょっと変わった信念の持ち主だ。

私は、別にどっちでもいいと思うけど…。

 

でも、日記に関しては、私もペーパーデバイス(彼女に聞いて初めて知った言葉だ。なんとなく格好いいので、使うことにしている)に書くことにしている。

その方が楽、というわけではなく、紙の匂いをかいでいると、なんとなく落ち着くからだ。

…変かな?

図書館が落ち着くというのも、同じ理由かもしれない。

 

私は現在、大学の2期生で、都内のキャンパスに通っている。

最初は不安もあったのだけれど、今では気軽に話し合える友達も幾人かできた。

きっと大丈夫、と励ましてくれた、師父たる女性に感謝したい。

………。

彼氏は、まだ……いない。

こちらも、彼女の言を信じるならば、「いつかきっと、素敵な男性が現れるわ」…ということになるはずなのだが。

 

ところで、その師父であり、保護者であり、かつ同居人でもある女性はというと、相変わらず恋に仕事にとパワフルだ。

…一体、どこからあの途方もないパワーは出てくるのだろう。

ちょっと、うらやましい。

毎日、同じ物を食べているはずなんだけど。

 

彼女は恋を語るとき、よく、「DNAが命令するの」と言う。

「一時も誰かを愛さずにはいられない。私は、生きている証だと思っているわ…。誰かを好きになって、その人も私を好きになってくれて、自分の存在の証、かな」

私には、男の人はまだ良くわからない。

もっとも、彼女の場合、しばしば「DNA」のせいにして、色々と奇怪な行動を取るから、信憑性は今ひとつだ。

この間なんか、寝ぼけて、スカート後ろ前のまま待ち合わせ場所にきて、「DNAのせいだわっ」と弁解していた。

…それは絶対、DNAのせいじゃないと思うのは、私だけじゃないはず。

 

こんなことを書いてはいるけど、私は彼女のことをとても尊敬している。

私には自立してやっていくだけのお金がない。

だから、都内の一等地に建っているマンションの家賃と、二人分の生活費、そして、決して安くはない私の学費も、すべて彼女に頼っていることになる。

身内でも、まして自分の子どもでもない私を養ってくれている。

女性が、一人で生計を立てていくのが、どれほど大変なことか、私は理解しているつもりだ。

バイトして、少しでも家計の足しに…と思うのだが、教育課程も取っている私には、その時間がなかなか取れず、申し訳なく思う。

そんな時、彼女は言う。

「そんなこと気にしなくていいの。子どもは大人を肥やしにするくらいじゃないとね。それに、私がそうしたいの。ねっ、そうさせて?」

………。

その時の気持ちを何と言ったらいいのだろう。

 

私は彼女が好きだ。

だけど、本人の前では、あまり言わないようにしている。

なぜって…、「嬉しいっ、やっぱり、私のこと愛してたのね!」とか言って、抱きついてくるに違いないもの。

 

…ちなみに、彼女は現在、私の隣でひっくり返って大の字になって、よだれを垂らしながら寝ている。

本人の名誉のために言っておくが、昨日までの激務の疲れが出たのだと思う。

決して、抱えているウイスキー瓶のせいではないと信じたい。

 

彼女のお仕事は、一般的なものとはかけ離れている。

「地方公務員よ」と笑うのだが、実際には、とてもきつくて、危険と隣り合わせの仕事だ。

私には、あまり漏らさないけど、きっと辛いこともいっぱいあるんだろうな。

たぶん、私に心配をかけないように、気を遣っているんだと思う。

だけど…私は話してほしい。

そりゃ、聞けばますます不安になることがあるかもしれないけど…

そういう苦しみを分かち合えるのが、本当の―――本当の家族だと思うから。

 

 

私は、いったんペンを置くと、寝ている彼女のずり落ちかけている下着を直して、毛布をかけてあげた。

ついでに、よだれも。

…こういう顔を見ていると、とても凄腕の捜査官だなんて、信じられない。

あ〜あ…幸せそうな顔しちゃって。

……フフ、クスクス。

 

 

彼女とめぐり逢わせてくれたことを、私は神さまに感謝している。

ここには、私のことを、必要としてくれる人が…人たちがいる。

それ以上、なにを望むというのだろう。

こんな日々が、いつまでも続けばいいと思う。

そして、そのささやかな日常を、ここに綴っていきたい。

 

……大好き……。

 

 

「んきゃん!」

 

私は、素っ頓狂な声を上げて、飛び上がった。

誰かが、おしりをさわさわと撫でたのだ。

 

…誰かって、そんなことする人は、ここには一人しかいないんだけど。

私は、日記を閉じて、ジロッと白い目を向けた。

 

「んもうっ、ホントは起きてるんでしょ。…まりなさん!」

 

 

 


【イントロダクション おわり】