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「大村湾一周ウルトラマラソン160Km」 完走記
「158」 兵庫県 田 処 壱 久 (ダブル)
昨年、この大会に参加した走友から大会の雰囲気やコースなど、お勧めの大会と聞いていたので、その話を聞いた時から次回はぜひ参加したいと考えていた。
そして昨年10月、大会の要綱が発表され、受付も始まったのでさっそく申し込みを済ませ、今回が3回目の参加とになる、おおひらさんから行き帰りに夜行バスを利用する0泊4日の大会参加方法なども教えてもらった。
大会は2月11〜12日なので、2月10日大阪発22:00のバスで佐賀県武雄市に向かい、大会が終わった12日の夜の22:11に武雄市を出発して大阪に向かうバスで帰ってくる。こうすることにより、宿泊費が全く要らない格安の参加方法だった。ただ夜行バスで現地入りし、その日にマラソンとなると寝不足が心配だったが、スタートまで少しでも休むことができるだろうと、楽観的に考えていた。
その後、おおひらさんや横ちゃんの完走記を何回となく読み、手元の道路地図やネットでの地図ページなどで大会コースを丹念に調べた。地図ではアップダウンがわかりにくいが、コースのほとんどが国道なので、そのアップダウンもそれほど大きくなく走れる程度だろうと予想していた。特に間違いやすそうなところは、大会10日前に大会事務局から送られてきた地図に直接書込み、マーカーペンでわかりやすく色分けなどもした。こうしたことにより、まだ走ったことのない大村湾のコースだったが、何となく頭の浮かんできて迷わずにゴールまで走れそうな予感がしてきた。
2月10日木曜日は、普段どおりに仕事を済ませた。朝、家を出る時に準備を済ませていたので、家には帰らずそのまま大阪へ向かった。バス乗り場は難波なので、バスの出発時間まで難波の居酒屋で夕食を兼ねた前夜祭。おおひらさん、マッちゃん、タラさん、そして出発を見送りに来てくれた、こがみちゃん、やなちゃんたちと飲んで食べてしゃべって出発前の一時を楽しく過ごさせてもらった。こがみちゃん、やなちゃん、ありがとう。
今までにも夜行バスに乗ったことがあったが、その時はほとんど寝られなかったので、今回はお酒を飲んで酔ってしまえばよく寝られると思い、明日のマラソンのことなど考えず多めに飲んだつもりだった。
南海難波駅にあるバス乗り場に行くと、同じバスにマラソン参加者は自分たちも含めて11名が乗車した。バスは22:00予定どおり難波を発車し、佐賀県武雄温泉へ向かった。約700Km8時間30分のバスの旅である。
お酒の力を借りてぐっすり眠ろうと思っていたが、やはり考えが甘かった。なかなか寝付かれず、そのうちにウトウトして2時間くらいは眠れたように思うが、酔いが醒めてくると慣れないバスの中なので、ほとんど寝られなくなってしまった。そして3時ごろ下松SAで運転手交代のために停車してからは、完全に目が覚めてしまった。
バスは予定どおり6時30分に武雄温泉駅に到着した。そこからはタクシー3台に分乗して嬉野温泉へ向かい、温泉街近くのファミレスで朝定食。そしてスタート・ゴール場所である旅館「松園」へ着くと、スタッフやボランティアの人たちに笑顔で迎えてもらった。佐藤さんには「早くに申し込んでくれた方ですね」と、挨拶をしていただいた。
このマラソンは10:00、12:00、14:00、16:00とスタート時間があり、それぞれ参加者が自分でスタート時間を自己申告により決めることになっている。目標タイム「18時間」をめざしていたので、迷いもなく16:00スタートにしていた。目標タイムの目安として、エイドでの給食時間を含めて80Kmの中間点に7時間40分、100Km地点に10時間とおいていた。そうすれば後半の落ち込みがあっても、大きなアクシデントさえ起こらなければ18時間で完走できると思っていた。18時間とすると翌朝の10:00にゴールすることになる。この大会は、順位やタイムを競争するのではなく、ランナー、スタッフ、ボランティアなどの参加者全員が楽しむという主旨はよく理解しているが、コースの景色やエイドを楽しみながらも、自分で納得できるマラソンを走りたかった。
松園に入った後、さっそくお風呂に入れてもらったが、窓から嬉野川が見え、お湯も肌がすべすべして気持ちがよく、ウルトラマラソンのスタート前なのに贅沢な朝風呂をのんびり楽しませてもらいました。
10:00スタートの人はさっそく準備を始めたが、自分はまだまだ時間があったため、嬉野温泉街を一人で探索した。それというのも35年前くらいに、この嬉野温泉で1週間滞在したことがあった。その時の建物や道路などの状況がだいぶ変わっていたが、覚えていたところもところどころあった。若いころのことを思い出しながら、朝の温泉街をあっちこっちとうろうろしていると、何か不思議な気がしてとても楽しかった。
夜行バスであまり寝られなかったので、10:00スタートの人たちを見送ってから昼寝でもと思い、大広間で横になってみたが全く寝られなかった。その後、12:00、14:00とそれぞれのスタートを見送り、自分のスタート時間の16:00を待った。その間にも再び横になって少しでも眠りたいと思ったが、神経が高ぶっていたのか結局一睡もできなかった。
スタート準備をしていた15:00ごろ、10:00にスタートをしたタラさんから45Km西海橋エイドの、うーさんのところで休んでいると携帯電話があったが、故障している足は大丈夫だろうか。無理をしなければよいのにと、ちょっと心配になる。
今日のスタイルは、夜間走行に備えて白のロングTシャツに青のロングスパッツ、反射線入りの白の帽子を被った。リュックには上下のウインドブレーカー、ナイロンカッパ、ライト類、アンパン・おにぎり・チョコレートなどの食べ物、胃薬・痛み止め薬・バンソコウなどの薬類、携帯電話、スポドリ500cc入りのペットボトル、お金、保険証のコピー、お守りなどを入れた。何か忘れているような気がしたが、お金さえ持っていればコンビニで調達することができるので、あまり考えないことした。着替えなどを80Kmの中間エイドに預けることができるが、今回は何も預けなかった。
いよいよスタート時間の16:00が近づいた。16:00スタートは10人余り。記念写真をした後、佐藤さんの音頭による「えいえい、おー!」の掛け声とともに、これから始まる長い160Kmをスタッフやボランティアの人たちに見送られて松園をスタートした。最初はゆっくりと走るつもりで、誰かについていこうと考えていた。ゆっくりスタートしたつもりだったが、ほかのみんなは顔を見合わせて誰も前に出ようとしない。しかたがないので自分のペースで走ろうと、最初から先頭になってしまった。市街地を抜けて国道34号線出たころには、早くも一人旅になってしまったが、無理にペースを落としても走りづらいのでそのままペースで走った。
国道に出てしばらくすると案内の人の指示に従って右折すると緩やかな上りになった。まわりには緑の縞模様の茶畑が見えてきた。塩田川の上流へ向かっていたが、しばらくして橋を渡り今度は塩田川の対岸を下った。天気もよく風もないので、山裾のコースを茶畑などの景色を見ながら気持ちよく走ることができた。所々に「キリシタン○○記念碑」とか「キリシタン○○跡」という案内標識が現れる。長崎県はじめ九州北西部には、キリシタン伝説がたくさん残っているのがよくわかる。急な上りになって俵坂関所跡を過ぎると、国道に戻り間もなく俵坂峠、ここからは長崎県になる。
下り坂に入り後続のランナー2人が迫ってきたが、気にせず自分のペースで走った。長い下り坂の両側にも茶畑が多く見えていた。前方の景色が開けて大村湾が見えてきたが、遠くまで眺望できすばらしい景色だった。遥か遠くに対岸の山々も見えていたが、おそらく西彼杵郡あたりだろうと思う。あすこまで走って行っても、半分足らずかなと、思いながら長い坂を快調に下っていった。後でわかったことだが、前後で走っていた2人は北海道の縞猫さんと福岡の山本さんだった。
長崎自動車道の高架下を過ぎた下り坂の途中に最初のエイドがあったが、走っていたリズムもよかったので、このエイドには寄らずに挨拶だけして通り過ぎた。東彼杵の交差点で右折し、国道34号線から205号線になってハウステンボス方面へ向かった。走った距離がはっきりしないので時計を見てもどれくらいのペースで走っているのか正確にはわからない。体感では、1キロ5′30″くらいのペースで落ち着いているようだった。前後2人も同じように安定して走っていた。
左に大村湾が青々としており、波はほとんどなく鏡のように静かに夕日を映していた。対岸もよく見えており、足元に気をつけながらも景色を楽しみながら走った。
18:00ちょうどくらいに23Kmエイドに到着し、バナナと飲み物をもらった。エイドを出発して川棚町の市街地入ると、歩道もしっかりしておりとても走りやすかったが、街並みを抜けると歩道があったりなくなったりした。その歩道も段差や凸凹が多くてほんとうに走りづらい。通行車両も多くて道路端を足元に注意しながら走った。
夕暮れとともにだんだんと暗くなってきたので、手にライトを持ち、背中のリュックに付けている点滅ライトのスイッチを入れた。そして右足首には反射帯を巻いた。予備にヘッドライトもリュックに入れていたが、ヘッドライトはちょっと苦手なので、これは結局最後まで使用しなかった。日が暮れてくると気温も下がってきて、Tシャツ1枚では寒くなってきたので、上に反射模様の入ったウインドブレーカーを着た。
コースからは大村湾が全く見えなくなりアップダウンが多くなってきたが、上りがあれば下りもあると思いながらペースを上げ過ぎないように注意しながら3人の先頭を走った。このあたりで先に出発していた1人追い抜いたが、あのランナー何だったのだろうか。何時スタートかわからないが、いくらなんでも30Km手前で追い抜くなんて早すぎる。何かあったのかも知れないがちょっと心配。左前方の遠くに、ハウステンボスのタワーらしきものの明かりが見えてきた。坂道を下って行くと左にハウステンボス駅があり、川を隔てた対岸に照明に照らされたハウステンボスが現れた。右側は駐車場でまだまだたくさんの人の姿があった。地図はリュックに入れたままだったが、これまで何回も見ていたため針尾橋の名前やその橋を渡るのは頭の中に入っている。その針尾橋は思っていたより大きな橋だった。
国道205号線から別れ、橋を渡って右折ししばらく進むと33Kmハウステンボスエイドがあり、18:57に到着した。ここのエイドではお汁粉をいただいたが、お餅も入って美味しかったので、お代わりをもらってしまった。これまで少し離れていた3人がこのエイドで一緒となり、3人が一緒に出発した。
川沿いを1Km余りでT字路に出た。道路案内標識があり、標識に「長崎市」という文字初めて出てきた。ここを左折したが、ここからは国道202号線である。3人で前後しながら走るが、3人とも全く会話がない。何か話をしようと思ったが、何となく2人とも真剣に走っているようで話すきっかけがつかめなかった。
長い上り坂になったところで山本さんが遅れだし、その後は姿を見ることができなかった。縞猫さんと2人になったが、競走は絶対にしないと冷静に自分のペースを守って走った。上り坂で「先に行きます」と言われたので、「どうぞ行ってください」と、短い会話を交わした。車が通らなければ真っ暗。足元のよいところで時々空を見上げると満天の星が見える。自分も田舎に住んでいるが、とてもこんなに見事で綺麗な星空は見えない。何回かアップダウンを繰り返すと西海橋に到着した。橋を渡っているときに下を見たが、真っ暗で海面は見えなかった。この橋は2回目で前回は30年以上前に来たことがあるが、暗くて景色も見えないのでその時のことが思い出せなかった。
橋を渡ったところにうーさんの45Km西海橋エイドがあり19:58に到着した。うーさんとは昨年のにちなんでお会いして以来の2回目である。楽しみにしていたお粥ももスープも手作りお菓子も、残念ながら全部売り切れだった。インスタントのタマゴスープを作ってもらったが、温かくて美味しかった。
縞猫さんは少し先に出発していつの間にか見えなくなってしまった。ペースを上げて追いかけると後半にツケがきそうなので、ここはあえて今までどおりのペースで走った。下り坂になった三叉路を国道206号線長崎市方面進んだが、ここで先に出発していた1人を追い抜いた。
その後、ポツリポツリと先行ランナーが現れ、その都度「お先に!」と声をかけて追い抜いていった。その中にナイロンカッパを着たザウルス君もいたので「そんな調子じゃ完走でけへんでえ、がんばれ〜!」と声をかけた。
車が通らなければ真っ暗で、段差や凸凹があるコースをライトで照らしながら足元に注意して走ったが、何回となく段差などに足を取られ転びそうになる。
縞猫さんとは近づいたり離れたりだったが、相変らず快調なペースで走っていた。北海道から強豪が参加すると聞いていたが、さすがに見事な走りだった。
55Kmオランダ村エイドには21:10に着いたが、このエイドでは珍しく先客ランナーがいた。ここでもお餅の入ったお汁粉をいただいたと思うが、またお代わりをしてしまった。だいぶ気温が下がってきていたので、温かいお汁粉はほんとうに美味しくありがたかった。
今は営業していないオランダ村の近くらしいが、暗くてその状況は全くわからなかった。海岸線を走ったり海岸から離れたりしながらカーブの多いところを走った。カーブのところでは、ヘッドライトの明かりで車が来るのがよくわかるため、昼間より夜間の方がかえって車に対しては安全に走れるかも知れないと思った。空は相変わらずすばらしい満天の星である。
65Kmの琴海パーキングエイド22:06に着いた。ここではビールやチューハイが並べてあり、それを勧められたので迷わず梅チューハイをいただいた。ここまでは縞猫さんと先になったり後になったりしながら2人で前後して走っていたが、この65Kmエイドを出発したあたりから徐々に離れだしらしくて、その後は全く一人旅になってしまった。時々先に出発していたランナーを追い抜くことがあるが、その都度声をかけて先に行かせてもらった。
交差点の手前には、○○方面との道路案内標識が出ているため、ここまでは全く迷うことはなかったし、地図はリュックの中に入ったままである。このあたりの標識には、キロ数がほとんど書いていないので、経過時間と自分のペースとでだいたいの位置を考えながら走った。
この先は80Kmの火篭り公民館までエイドがないと思っていたところ、73Kmくらいのところに嬉しいエイドがあった。ここのエイドで、明石のタコ嬢さんにお会いしたような気がするが、はっきり覚えていない。
出発する時、中間エイドの火篭り公民館までは6〜7Kmくらいと教えられたけど、それからがけっこう遠く感じた。
真っ暗な中、坂を下って家並みが増えてきたところに突然、80Kmエイドの火篭り公民館が現れた。公民館は少し奥まったところのため手前からは見えにくかったので、そう感じたのかも知れない。道路から玄関まで竹の筒にロウソクの明かりが灯されていた。このようなところにもスタッフの心配りが嬉しい。
到着は23:25で、ちょうど岡村さんや平賀さんなど4〜5人が出発するところで、公民館前は賑わっていた。スタッフに到着を報告し、玄関でシューズを脱いで中に入った。玄関ではタラさんが迎えてくれ、予定より少し早かった到着に喜んでくれた。入って左側の部屋ではマッサージを受けている人も何人かいたが、その部屋には入らずに食事をする奥の部屋に入り、さっそく名物といわれている温泉豆腐をお願いした。豆腐は温かくてとても美味しかった。お代わりも欲しかったが、目の前に置かれていた大きなおにぎりを3個食べたので、それ以上は入らなかった。タラさんがうどんも勧めてくれたが、これも入りそうになかった。とても居心地がよくてもう少し休憩したかったが、このまま落ち着いてしまうと立てなってしまうと思い渋々席を立った。
出発する時、タラさんと佐藤さんが玄関前で見送ってくれた。お礼を言って出発しようとした時、ちょうど縞猫さんが公民館に到着した。
残りは半分の80Kmであり、とりあえず100Kmまではがんばろうと、1Km6分くらいのペースで走った。しばらくすると岡村さんや平賀さんたちに追いつき、それからも何人かのランナーを追い越したが、その都度「お先に!」と声をかけた。追い越したランナーからもいっぱい声をかけてもらった。
道幅が広くなり緩やかな上りが長く続いたが、街灯の明かりや車も多く走っており歩道も整備されているので、今までと違って走りやすくなった。道路が緩やかな下りに変わって、何となく長崎市街地が近づいてきたようだった。
90Km長崎大学前エイドは歩道上にあり、ちょうど横ちゃんが休んでいた。横ちゃんは嬉野温泉のスタート場所へ70Kmも走ってきており、ここまですでに160Kmを走って2晩目にもかかわらず元気に声をかけてくれた。このエイドで何をもらったのか覚えていない。
歩道は明るく走りやすいので自然とペースが上がった。時間も遅いので路面電車は走っていないが、停車場を何ヶ所か通り過ぎて長崎駅前に着いた。ここは迷いやすそうだったで、何回も地図で確かめていた。そのため迷うことは全くなく、左斜めの方へ進んだ。
坂道を上って国道34号線へ出るところで、道路案内標識が諫早・島原となっていることを確かめて、その方向に進む。緩やかだが長い上り坂を、ペースを落としてゆっくり走る。
左側にダムがあったが、黒く見える水面には対岸の明かりを映し出していた。短いトンネルを抜け、長いトンネルに入ると温かく感じ、明るく平坦なのでとても走りやすかった。時々スピードを上げた車が通るが、こちらは6′00″くらいのペースで走る。トンネル内は直線なのでだいぶ先まで見えるが、ランナーの姿は全く見えなかった。トンネルを抜けると下り坂になり、自然とペースが上がった。もうすぐ100Kmエイドと思いながらも意外と長かったが、下り坂だったために快調に走れた。
100Km水族館エイドには1:46に到着した。ちょうどひまちゃんともう一人の女性が休憩をしていた。16:00にスタートして、ここまで9時間46分とほぼ目標どおりで走れたことになる。あと60Kmなので少々ペースが落ちてもアクシデントさえ起こらなければ、完走目標の18時間は達成できると感じた。ひまちゃんに「お先に!」と声をかけてエイドを出発した。
エイドで教えてもらったとおり、次の三叉路を左折して諫早へ向かって走った。アップダウンもほとんどないが、道幅が狭く歩道も段差が多いので走りづらい。暗いので周りの景色がほとんど変わらないような単調なところを淡々と走る。
このあたりで田中さんやINAIさんを追い抜いたと思うが、正確な場所はわからなかった。田中さんも横ちゃんと同様に、昨晩から105Kmを走ってからスタートしており、この時点で200Km以上も走っているのに、まだ元気に走っていた。
夜も更けてくると益々気温が下がって手袋をはいている手も冷たく、何回も指を動かしたり腕を回したりしながら走った。後で聞いたが、この日の最低気温はマイナス2度だったらしい。
多良見インターを過ぎると、道幅が広くなって歩道も走りやすくなった。道路案内があるごとに大村と表示した方へ進むが、道なりに直進するばかりだった。前にも書いたが、この地方の道路案内にはキロ表示がほとんどなかった。
110Km多良見エイドには2:49に到着したが、通過したランナーの5〜6番目だと教えてくれた。寒い中、エイドの人たちは走っているランナーより大変なのに、笑顔で迎えてくれてほんとうにありがたい。お礼を言って出発したが、このエイドから諫早駅近くでおおひらさんに会うまでのことはほとんど記憶にない。ここまで追いついてきたランナーが全くいなかったので、気の緩みもあったのか疲れも出てきたのか、歩幅が狭くなり走るペースが落ちてきた。しかし、眠気は不思議と起こらなかったように思う。
少し迷うかなと思っていた諫早駅手前の交差点を過ぎると、向こうから走ってくるランナーがあった。それはおおひらさんだったが、交差点のコンビニで地図を忘れたと言って戻ってきたらしい。おおひらさんは、コースはこのまままっすぐ行けばよいと教えてくれた。
諫早を過ぎればこれから先、もう迷うようなところはなく一路嬉野温泉を目指すだけである。おおひらさんと前後してしばらく走っていたが、そのうちにまた一人になってしまった。
このあたりで道路工事のガードマンに止められ、車が通り過ぎるのを待った。ガードマンに、これから嬉野温泉まで走って行くと言うとびっくりしていた。この夜中に走るなんて、相当な変人だと思われたに違いない。
バイパスとの合流点を過ぎると道幅も広くなり、車の通行量も増えてそのライトの明かりで走りやすくなったが、相変わらずペースが上がらない。走っていても寒いためか、エネルギー切れか足が重たくなって動かなくなってきたので、緩い上り坂の途中の自動販売機で暖かい紅茶を飲んだ。スタートしてからここで初めてお金を使った。
小さな峠を越して下りになったところの駐車場に123Km鈴田峠エイドがあり、到着は4:28だった。ここでお粥をもらったと思うが、よく覚えていない。とにかく寒かったので早々にエイドを出発した。エイドの人が、トイレの横の細い歩道を下って気をつけて行くようにと、丁寧に教えてくれた。
エイドを出て走り出すと、少し復活したようで少しペースも上がった。といっても1Km6分くらいと思う。道路案内標識が佐世保と東彼杵に変わってきた。
ゴールまで30Kmくらいの大村市街地に入ると、街灯などのために明るく走りやすくなったが、まっすぐなところが多くて遠く先の方まで見えるので、走っていても特徴もなく単調に感じる。大村湾に浮かぶ長崎空港が見えると楽しみにしていたが、コースからだいぶ離れているので、その姿は全く見ることはできなかった。
後方から来たパトカーが横に止まって、こちらを不思議そうに見ていたが、何も言わずに走り去った。こんな時間に走っているのはやっぱりちょっとおかしいのでしょうかね。
単調で長かった大村市街地を過ぎると、右側に電車が走っているのが見えたがお客さんはほとんど乗っていなかった。おそらく始発電車だろう。
跨線橋を越えしばらく行くと左側にまつばら駅が見え、このあたりに140Kmエイドがあると思っていたが、通過時間が早かったのか、まだエイドは開設していなかった。リュックには、スタート前にコンビニで買ったオニギリとアンパンが、まだそのままである。エイドがなかっても、非常食があるのでそれほどがっかりもしなかった。
左側の大村湾は、少し夜が明け始めたので海面が見えてきたが、まだまだ薄暗くて遠くまでは見えなかった。時間が過ぎるとともに、車の通行量も次第に多くなってきた。
トイレに行きたくなって、次のコンビニでトイレを借りようと思っていたが、これまで多くあったコンビニが見当たらなくなってしまった。最悪の場合は畦道に入ってでもと考えていたところ、やっとコンビニがありトイレを借りることができた。
ここで100円の温かいアンマン1個を買って歩きながら食べたが、ここが初めて入ったコンビニだっし、歩いたのも初めてだった。結局ゴールまで使ったお金が、アンマンと缶紅茶の合計220円だった。これも、ボランティアの皆さんが寒い中長時間にわたり、お世話をしてくださった充実したエイドのおかげだと、ほんとうに感謝しています。
このあたりから周囲も明るくなってきて、ライトを消してリュックに入れた。寒さも幾分ましになってきたのと残りが15Kmくらいだと思うと、また元気が出てきて走り始めた。大村湾の対岸が遠くにうっすらと見えてきた。あの向こう側から走ってきたと思うと嬉しくなってくる。
緩やかなアップダウンを何回か繰り返していると、前方に左へ佐世保、直進は嬉野・佐賀の標識が見えてきた。昨日通った東彼杵の交差点である。交差点を過ぎると嬉野温泉まで11Kmと書かれていた。ここまで来ると、俵峠を上って下るだけである。結局リュックに入れていた地図は全く出さなかったし、コースミスも全くなかった。
俵峠の上り坂に入るとペースが極端に落ちたが、絶対に歩かないと決めていたのでがんばって走った。周りの茶畑には白く霜が降りていた。見通しのよいところで後ろを振り返ると、高速道路の向こうに大村湾が見事なくらいきれいに見えていた。
前後には相変わらずランナーの姿は全く見えない。歩き出したくなるところを我慢して走る。雰囲気から峠が近くなってくるのが何となくわかり、右側に見覚えのあるお店が見えた。後は下って行くだけであり、嬉野温泉まで5Kmの標識を過ぎた。
下りをゴールまで25〜6分で走れば8:30にはゴールできそうである。ということは16時間30分である。歩道のない路肩を少しペースを上げて走った。
左側の谷筋には、スタートした時に走ったコース沿いの茶畑の縞模様が、濃い緑色から霜で白っぽく変わっていた。前方に黄緑色の上着を着たランナーらしき姿が見えた。近づくと久しぶりに見たランナーで、それはキョウダイさんだった。キョウダイさんに声をかけ、あと少しのゴールをめざした。
国道から右折して温泉街の旧国道に入った。そして夢中で走って、二つ目の信号を右折するとゴールの松園が見えた。ゴールは、佐藤さんやサポートの人たちに迎えられ、完走メダルをかけてもらい感激のフィニッシュとなった。
ゴール時間は8:28で、スタートをしてから16時間28分。長く遠かった大村湾160Kmが終わった。そこにはタラさんもいて、自分のことのように喜んでくれた。目標だった18時間を大幅に上回ってゴールできたことは、自分でもちょっとできすぎだったと思うが、とにかく無事に完走できたことがとても嬉しかった。
ゴール後は早々に温泉に入って、汗と汚れを洗い流した。湯船に浸かっているとほんとうに気持ちがよく、いつの間にか眠ってしまいそうになる。その後、夕方までは友人宅を訪問したり、部屋で休んだりして時間を過ごした。
午後5時からの懇親会もほんとうに楽しかった。懇親会にはたくさんのランナーやスタッフ、ボランティアが参加していた。皆さんと一緒に飲んで食べて話もいっぱいさせてもらった。その時に、焼き物でできた立派な「優勝」メダルをいただくことができた。
これも、この大会を支えていただいた佐藤さんはじめスタッフやボランティアの人たちのおかげと、ほんとうに感謝しています。
参加者の皆さんが一体となり、楽しかった懇親会も、残念ながらいつの間にか時間も過ぎてしまいました。
ロビーで皆さんと余韻に浸っていたが、そのうち夜行バスの出発時間になってしまい、ボランティアの小川さんに武雄温泉駅まで送ってもらった。小川さん、お世話になりました。
大阪までの夜行バスでは、行きと違ってぐっすり寝かせていただきました。
大村湾一周ウルトラマラソンは、噂のとおりすばらしい大会でした。スタッフやボランティアの心温かい運営やサポートのおかげで、無事に楽しく走ることができました。事情さえ許せば、来年もぜひ参加させていただこうと思っていますので、よろしくお願いいたします。
大村湾のこの大会に参加したもう一つの楽しみは、もう20年くらい会っていなかった友人との再会だった。その友人は武雄市で焼き物をやっているが、35年前に嬉野温泉へ遊びに来たのもその友人を訪ねてきたものだった。その後、関西で何回か会ったことはあるが、お宅にはまだ行ったことはなかった。
ゴール後、久しぶりに会った友人は、とても喜んでくれ自宅に案内してくれた。そこには立派な登り窯も備えていて、陶芸家として立派になっていた。お互い歳はとっても昔と変わりなく、この友人と会えただけでも大村湾に参加してほんとうによかったと思う。
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