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明治東京地震 −M7.0、震源の深さ5は50キロと特定−
1.始めに 今朝の共同通信新聞のネットニュースの小さな記事だったのですが、1894年に起きたマグニチュード7.0の明治東京地震の震源が特定されたそうです。 2.円盤型地震計 当時は、円盤型の地震計を使っていたらしく、それを手に入れた東京大学の地震研究所の古村孝志助教授らのグループが記録の読み取りに成功したようです。 当時でさえ、読み取りには苦労したのでしょうが、それから110年ほど経過しているわけですから、記録は消えているに等しかったのではないでしょうか。 それを丹念に読み取っていく作業は大変なご苦労だったと思われます。 きっとそこにはコンピュータ技術が駆使されたのでしょう。 3.明治東京地震(読み取り結果を踏まえて) 1)発生年:1894年 2)マグニチュード:7.0 3)震 源:東京湾北部 4)震源深:50キロメートル 5)震源のプレートとの関係: フィリピン海プレート内部か、同プレートと太平洋プレートの境界の地震だった可能性が高いそうです。 6)震 度:東京で震度6相当 7)死 者:東京や横浜などで31名 4.首都直下地震 現在、各方面でその発生が懸念されている「首都直下地震」の姿が浮き上がってきます。 今回、読み取られた明治東京地震は、フィリピン海プレート内あるいは太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界での地震だろうとされました。その震源は、2005年7月23日午後4時35分に発生した千葉県北西部の地震に極めて近いように思われます。 23日の地震はマグニチュード6.0で、東京都足立区で震度5強を記録しました。やはり、太平洋プレートが潜り込みフィリピン海プレートとの境界に当たるようですので、似たような位置とみることができるでしょう。 ただし、23日の地震はその深さが72キロと明治東京地震の50キロに比べるとやや深いように思えますが、どこまでの誤差があるのかがはっきりしませんから、近いといっておいた方が無難なようです。 5.最後に 23日の数日後に、もっと内陸部の方で震度3くらいの地震が観測されています。こちらは深さも確か40キロくらいで浅く、フィリピン海プレートと陸のプレートの境界当たりの地震のように考えられました。 このように、地球という巨大な生き物のごときうごめきが、時間の経過に伴って、あっちこちにひずみを溜めていっています。 そして後に、こっちで解消、次にはそっちでというふうに次々に解消されていく、そのうちに大きな解消(巨大地震)が引き起こされるもののようです。 特に関東地域の地下には他地域よりもプレートの重なりが1枚、プレート境界も1組多いだけに地下のひずみも一段と複雑化です。当然、地震の発生プロセスも複雑でしょう。 その複雑な地震の一つ一つを関連付けていくことが、地震予知に近づくのかなと思われるニュースでした。 <参考資料> 1)(共同通信社 H17.08.01)明治の首都直下の震源特定 円盤型地震計の記録解析 <リンクすでになし>