『続雪まろげ』(素檗)


文化4年(1807年)、藤森素檗曽良の百回忌を記念して『続雪まろげ』を刊行。

文化4年(1807年)5月22日、五味可都里序。

上巻は曽良の遺吟に素檗が脇を付けている。(脇は省略)

   更衣

剃捨て黒髪山に衣がえ

みちのく行脚の時那須の黒ばねちかき処に馬かりけり。かの野べのはてにちいさきもの二人に其の馬を返し侍ぬ。ひとりをかさねといふ。きゝ馴れぬ名のやさしかりけれバ

かさねとは八重撫子の名なるべし

白川の関にていにしへ竹田の太夫が装束つくろひける事思ひ出て侍る

卯の花をかざしに関のはれ着哉

   高館にて

うの花に兼房見ゆる白髪哉

松島一見のとき千鳥もかるや鶴の毛衣とよめりければ

松島や寉に身をかれ子規

   尾花沢清風亭にて

蚕飼する人ハ古代のすがた哉

花のうへこぐといへる象潟(※サンズイに「写」)に小舟さし入て処々見めぐり侍けるに岩上に雎鳩(みさご)の巣くふたるあり。

かれは人をおそるゝによりて荒礒に忍ぶといへども鳥も我らを愛するや邊土の思ひかやうなるものさへ立去けしきもなく哀なるに東北海の境いよいよ爰にせまりて日終袂をぬらしはべりき。

波こへぬ契りありてやみさごの巣

   象潟祭礼

象潟や料理何喰ふ神まつり

   加賀の国にて翁にワかるゝ時

行々て倒れ臥とも萩の原

雨くらき夜鹿嶋根本寺の傍なる庵にやどりて翁とともに良夜の清光をまつ

雨に寝て竹起かへる月見哉

   加賀全昌寺に宿る

終夜秋風きくやうらの山

湯殿山銭ふむ道のなミだ哉



此牡丹白くワびしきは我友歟
   麦水

寒空やたゞ暁の峯の松
   暁臺

花もどり銭落したる坊主かな
   半化

春の海日終のたりのたりかな
   蕪村

いのちあらバ春あらバ花の芳野山
   白雄

もの書ばかつらに似たり白うちハ
   蓼太

紅梅の咲もはじめぬつぼミ哉
   百明

名月や浮世に曇る人の影
   重厚

鳥どもを吹尽したる水面哉
   宗讃

ほとゝぎす待たぬ心に定たり
   似鳩

秋もはや一ふし白き木賊哉
   五明

うかうかと生て霜夜やきりぎりす
   二柳

   以下下巻

鶯の老るも知らぬ麦ばたけ
   若人

はツ桜見しや草鞋をはかぬうち
   蕉雨

焼飯の松葉臭さよ今朝の雪
   鶴老

初雪や老は物にも飽やすき
   雲帯

さハらずも鹿のかけ込はやし哉
   麦二

末枯や遠寺の鐘は撞もせで
   如毛

我侭に筆とる春の雨夜かな
   魯恭

永き日や寝ても居られず草筵
   虎杖

飯焚の起るまで啼ちどり哉
   柳荘

桐の木や落てある葉の珍らしさ
  カヒ 嵐外

鱈舩に雪を積来るゆふべ哉
   竹里

煤竹もたわめば雪の雀かな
  江戸 巣兆

早だちのかぶせて呉しふとん哉
   一茶

綿つミに鶯ひらく日和かな
   完来

忘れては高く潜りぬ秋の蚊帳
   春蟻

はやすこし柳にさハる春の月
   成美

稲妻もなくなる秋や松の陰
   みち彦

閑古鳥四月のとりに生れつき
  上毛 詠帰

竹の葉にはさまる秋の螢かな
   鷺白

初雪の降やむ山のくだりかな
  ムサシ 双烏

明月やねむりこけたる児ハ佛
   星布

藪かげの哥舞伎を覗く十夜哉
  サガミ 葛三

盆前に花橘のミなちりぬ
   碩布

稲づまやぬがせられたる古わらぢ
   雉啄

冬の松海から見へて哀なり
  下フサ 雨塘

八ツ過の浦さびしくも心天
   翠兄

春雨や木の間に見ゆる海の道
  センダイ 乙二

見ながらも桜見やうと思ひけり
   曰人

卯月とは花に別れし名なるべし
   冥々

柿紅葉馬はいくツもはなれ居て
   露秀

昼顔やはかなきものに誰も見ず
   恒丸

元日や奥のならびに雪の降
   雄渕

米多く持てさびしき砧かな
  ナンブ 平角

いざよひや花ちる蓙にさし扇
   素郷

春雨にぬれたる芥子の莟(つぼみ)
   長翠

はツ午や暦まかせの神ごゝろ
   一草

九日にも十日にもせよ菊のはな
  ヒゴ 對竹

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