馬込文士村〜川端康成〜
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大田区立龍子記念館から龍子記念館入口に戻り、臼田坂(うすだざか)を上る。


路地を右に入ると、石坂洋二と並んで川端康成の解説板があった。


臼田坂の途中に住んだ川端康成

(1899〜1972)

小説家

 大阪府出身。19才の時初めて伊豆へ以来10年間湯ヶ島を行き来し、旅先で【伊豆の踊子】などの執筆活動を行った。

川端康成が『伊豆の踊子』を執筆したのは湯ヶ島温泉「湯本館」

 その後【雪国】、【千羽鶴】、【山の音】などを発表。

川端康成が『雪国』を執筆したのは湯沢温泉「雪国の宿高半」

 文化勲章・ノーベル文学賞を受ける。

 川端康成は、友人の尾崎士郎の誘いで馬込に移り、この頃は主に文芸時評を執筆しています。無口で人付き合いの苦手な人柄でしたが、文士たちが多く住んでいた臼田坂の途中(この辺り)に住まいがあったため、尾崎士郎らの訪問を度々受けることになります。

「賭で負けたので……」と、婦人がある日突然断髪姿で帰宅したり、自らもあらぬ恋愛の噂を立てられたりで、村の騒ぎを高見で見物…とはいかなかったようです。

参考文献 近藤富恵【馬込文学地図】

川端康成が馬込に住んだのは昭和3年〜4年。

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