芭蕉の句碑

糸遊に結つきたる煙哉

東北自動車道栃木都賀JCで北関東自動車道に入り、壬生(みぶ)ICで下りる。


  この辺りは地図には出ていない新しい道路が出来ていて、分かりにくい。


東武宇都宮線野州大塚の近くに大神(おおみわ)神社がある。


鬱蒼とした森に包まれた神社である。

大神神社は延喜式内社

奈良県桜井市にある大神神社の分霊を祭る。

大神神社は我が国最古の神社だそうだ。

 また、大神神社は下野惣社である。惣社とは参拝の便宜のため、数社の祭神を一ヵ所に総合して勧請した神社のこと。

 永正6年(1509年)、柴屋軒宗長は室の八島を訪れている。

 室の八島近き程なれば、亭主中務少輔綱房伴ひ、見にまかりたり。まことにうち見るよりさびしくあはれに、折しも秋なり。いふばかりなくて発句と所望せしに、

   朝霧や室の八島の夕煙

夕の煙、今朝の朝霧にやとおぼえ侍るばかりなり。なほあはれに堪へずして、

   東路の室の八島の秋の色はそれとも分かぬ夕煙かな

人々もあまたたりしなり。


 室の八嶋に詣す。同行曾良が曰、「此神は木の花さくや姫の神と申て富士一躰也。無戸室(うつむろ)に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見(ほほでみ)のみこと生れ給ひしより室の八嶋と申。又煙を讀習し侍もこの謂也」。

 元禄2年(1689年)3月29日(新暦5月18日)、芭蕉が訪れた「室の八嶋」は大神神社にある。

 曽良の「木の花さくや姫の神」は静岡県富士宮市にある富士山本宮浅間大社の祭神。大神神社の祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)

神様のことはよくわからない。

 「無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見のみこと生れ給ひしより」は『古事記』に、「即ち戸無き八尋殿(やひろでん)を作りて、その殿内に入りまして、土もて塗り塞ぎて、産ます時にあたりて、其の殿に火を箸けてなも産ましける。」とあるのによる。

 ますますわからなくなるが、木花咲耶姫が隙間をすべて壁土で塞いだ無戸室に入り、産気づいたところで室に火を放ち、炎の中で無事に三柱を産み落としということらしい。

 三柱は彦火火出見命(ひこほほでみこのみこと)、火須勢理命(ほのすせりのみこと)、火蘭降命(ほとほりのみこと)

 鈴木三重吉の『古事記物語』が分かりやすいが、「火遠理命(ほをりのみこと)は又の名を日子穂々出見命(ひこほほでみのみこと)」というのでは、全くわけが分からない。

 「煙を讀習し侍もこの謂也」は、不思議な煙が立ちのぼっていたことから、「けぶりたつ室の八嶋」と詠まれ、東国の歌枕として都にも聞こえた名所であったことをいう。

煙たつ室の八嶋にあらぬ身はこがれしことぞくやしかりける
   大江匡房

いかでかは想いありとも知らすべき室の八嶋のけぶりならでは
   藤原実方

暮るる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八嶋も都ならねば
   藤原定家

ながむれば淋しくもあるか煙たつ室の八嶋の雪の下もえ
   源 実朝

芭蕉の句碑がある。


糸遊(いとゆう)に結つきたる煙哉

「糸遊」はかげろうのこと。「結ぶ」は「糸」の縁語。

この句は『奥の細道』にはない。曽良の『俳諧書留』による。

絲遊に結つきたる煙哉
   翁

あなたふと木の下暗も日の光
   翁

入かゝる日も絲遊の名残哉(程々に春のくれ)

鐘つかぬ里は何をか春の暮

入逢の鐘もきこえず春の暮

『俳諧書留』

 元文3年(1738年)3月22日、山崎北華は江戸を立ち『奥の細道』の足跡をたどり、室の八島に詣でている。

明れば。室の八島を尋ね詣づ。木立ふりて神さびたるさま。いと殊勝(すさう)なり。しげれる森の内に。いかなる人の作れるにや。回り回りて池を掘り。池の中に島と覺しきを。八つ殘したり。八島といふ名にめでてなせしなるべし。年久しき業とも見えず。おかしき事を構へたるものかな。此御神は。木の花咲や姫にてましましける。往昔より。煙を歌によみ習はし侍る。我も。

   一くもり室の八島のたば粉かな

と云捨て。烟管腰にさし。小倉川といふを渡り。壬生に懸り。稲ばの里。親抱の松を見る。


佐久間柳居は室八島の句を詠んでいる。

けふは又つゝしの伊達をさくや姫


高桑闌更も句を詠んでいる。

煙たへて久しき宮の茂り哉


与野の俳人鈴木荘丹も室八島の句を詠んでいる。

遙拝に里は小春の茶の烟


日光例幣使街道へ。

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