芭蕉の句碑
閑さや岩にしみ入蝉の声
国道13号を行き、
天童
から山寺に行く。
山寺に行くのは30年ぶりだ。
第56代清和天皇の勅願により、
慈覚大師
円仁開山。
元禄2年(1689年)5月27日(新暦7月13日)、芭蕉は午前8時頃尾花沢を立って、山寺(立石寺)に赴く。尾花沢から山寺まで7里(28km)ほど、山寺には午後2時半頃に着いた。
芭蕉は7里(28km)ほど歩いた後で、山寺に登ったわけだ。
梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巖を重て山とし、松柏年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。
山寺は駐車場を探すのが大変だ。
とりあえず、山寺芭蕉記念館に行く。
山寺芭蕉記念館は芭蕉・奥の細道300年を記念して設置された。
2つの映画が交互に上映される。
『おくの細道 百代の過客 (主演 米倉 斉加年)』
上映時間40分
『芭蕉の先達 漂泊の歌人 西行 (主演 佐藤 慶)』
上映時間24分
山寺の眺望
芭蕉ではないので、山寺芭蕉記念館から山寺までは、とても歩けない。
結局山寺近くの蕎麦屋に入り、そこに車を止めて山寺に登る。
さっそく芭蕉の句碑があった。
閑さや岩にしみ入蝉の声
『初蝉』
(風国編)には「
さひしさや岩にしみ込蝉のこゑ
」とある。
句碑の側に芭蕉像がある。
芭蕉像は、昭和47年(1972年)の建立。
さらに曽良像もあった。
芭蕉像は幾つも見たが、曽良像とは珍しい。
曽良像は平成元年(1989年)が奥の細道紀行300年を記念して株式会社でん六の社長が寄贈した。芭蕉像は株式会社でん六の社長の父伝六が建てたと書いてあった。
元禄9年(1696年)、天野桃隣は山寺を訪れ、句を詠んでいる。
宝珠山、阿所川院、立石寺
所ノ者は山寺と云
。城下ヨリ三里、慈覚大師開基。
○閑さや岩にしみ入
ル
蝉の声
芭蕉
○山寺や岩に負
ケ
たる雲の峰
桃隣
[無都遅登理 五]
延享4年(1747年)、横田柳几は陸奥を行脚して立石寺を訪れている。
山形領立石寺は聞しにまさる清閑の地にして西谷ひかし谷その外山の仏閣ことことく順礼して佳景寂寞たる岩窟に入てしはらくこゝろをすます
あら淋し浮世の音もわすれ草
柳几
『二笈集』
明治39年(1906年)10月30日、河東碧梧桐は山寺を訪れた。
山形の名勝山寺は、宝珠山立石寺というて慈覚大師の開基である。市を距
(へだた)
る東北三里の山中、二日峠の麓にある。
『三千里』
昭和2年(1927年)10月、小杉未醒は「奥の細道」を歩いて、立石寺を訪れている。
しづけさや岩にしみ入る蝉の聲、此句は思ふに杜甫の、伐木丁々山更幽の七字より數段優れたものであらう、此句より立石寺を想望し來つて、さてその山寺(此邊では專ら立石寺を山寺と云ふ)の山門を入れば、にぎやかな見物衆物賣りの店も並び、細道導者には、大分に當ての外れた景氣、
『奥のほそみち画冊』
蔵王温泉
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