上州の俳人

生方雨什


高崎九蔵町の人。別号平花庵。白井鳥酔の高弟。松露庵四世。

上毛 
高崎九蔵町 生方惣兵衛 雨汁


 明和3年(1766年)2月中旬、袋村の川鍋家で句会。

ぬけられて小うなりぬこてふ輪
   鳥酔

   我もかすまん野つづきの道
   雨什

芳しき草刈の笛をちこちに
   千杏

   火ともし時の唯しづかなり
   白雄

 安永4年(1774年)春、鳥酔の七回忌で生方雨什ら四卉庵連は萬日堂に涅槃句塚建立。



おもしろひゆめみるかほや涅槃像

 寛政4年(1792年)、一宮如寉は芭蕉の句碑を建立。平花庵雨什筆。



山里は万歳おそし梅の花

 寛政10年(1798年)、一宮如寉は連句碑を建立。平花庵雨什筆。



山陰や夕日にぬるゝ秋の霜
   雨什
きはむ木立のひまに薄月
   如寉
つえしらへ大宮人のめてつ風
   烏明

 寛政11年(1799年)、烏明から松露庵を譲られる。

 享和3年(1803年)8月、富岡八幡宮に雨什の句碑を建立。春蛾書。



   月雪花のながめはさらなり

奥深しほととぎすにも富ヶ岡

文化10年(1813年)12月、雨什没。74歳。

門弟に小渕南交がいる。

平花庵二世は東水。

弘化2年(1845年)、東水没。

東水の子心足は平花庵二世となる。

川原湯温泉の芭蕉句碑は平花庵雨什筆。


山路来て何やら床し菫草

高崎市の大森神社にある芭蕉句碑も平花庵雨什筆。


百年のけしきを庭の落葉かな

雨什の句

風にして寐た夜はおしゝ初時雨


飛込て水のものいふ蛙かな


梢から塵のはしめや今朝の秋


戻る時手毎に白し山ざくら


市中に此神の木の落葉かな


はつ雪やきのふは市の朝ぼらけ


霧たつや梢は近き猿の声


白々と滝の落こむかすミ哉


やうやうに山茶花咲る小庭かな


猫の戀ある夜ハ石をうたれけり


あまの川月入すます杉の上


猫のこひある夜は石を打たれけり


猫の恋ある夜は石をうたれけり


萬歳の烏帽子はつれの白髪哉


稲ふねや早苗つみしもきのふけふ


鶏頭の露しみ込んで仕廻けり


「旅のあれこれ」のトップページへ