『奥の細道』
〜田村神社〜
中ノ沢温泉から母成グリーンラインで国道49号(羽後街道)へ。
郡山市の国道49号沿いに田村神社があった。
延暦(782年〜)年間、征夷大将軍坂上田村麻呂は東夷征伐の凱旋の折、鎮守山泰平寺を建立、本尊である大元師明王像を安置。
明治初年、廃仏毀釈に際して田村大元師神社と改称。
ふくしま緑の百景
田村神社の緑
自然岩を削った石段を上がると田村神社本殿がある。

元禄2年4月29日(西暦1689年6月16日)、須賀川を立った松尾芭蕉と曽良は、ここ田村神社に参拝している。
当時、田村神社は大元師明王といい、芭蕉らは種々の社宝を見ている。
社宝の一部は散逸したが、現在でも多くの重要文化財が保存されており、『曽良日記』には次のように記されている。
「先大元明王へ参詣。裏門より本実坊へ寄、善法寺へ案内シテ本実坊同道ニテ行。 村雪(雪村)哥仙絵・讃宗鑑之由、見物。内、人丸・定家・業平・素性・躬恒、五ふく、智證大し并金岡がカケル不動拝ス。探幽ガ大元明王ヲ拝ム。」
郡山西ロータリークラブ
田村神社本殿

郡山市指定重要文化財
「大元師明王」は「大元帥明王(だいげんすいみょうおう)」が正しいようだ。真言密教では「帥」の字は発音せず「たいげんみょうおう」と読み、大元明王と記すこともある。
須賀川へ。
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