小諸〜田村医院〜

若山牧水は岩崎樫郎のすすめで明治43年(1910年)9月13日から11月13日まで病気療養のために小諸本陣隣の田村医院に滞在した。
小諸駅に着いたのは夜の十時すぎ、岩崎君等に迎へられて今日までこの大きな古風の病院の二階の一隅に起臥して居る。
「裾野より──緑葉兄へ」
牧水26歳の頃である。
小諸本陣(問屋場)

小諸なる医師(くすし)の家の二階より見たる浅間の姿(な)りのさびしさ
『路上』
チェリーパークラインに歌碑がある。
牧水は一軒おいて隣の酒造屋・山謙で酒を買いこんできて、ひとり飲むこともあったそうだ。
山謙酒造店

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ
『路上』
やはりチェリーパークラインに歌碑がある。
11月13日、牧水は小諸から地蔵峠を越え、鹿沢温泉へ。
田村医院に歌碑があるはずだと思ってのぞいてみたが、わからなかった。
代わりに「明治天皇小諸行在所阯」の碑があった。
明治天皇御巡幸は明治11年(1878年)のことらしい。
大塚酒造は銘酒浅間嶽の醸造元だ。そこの主が、料亭勢喜屋で牧水のために一夜の宴をはってくれるという。
田村志津枝『若山牧水さびしかなし』
大塚酒造

大正14年(1925年)6月、小諸で揮毫会。
小諸なる君が二階ゆながめたる浅間のすがた忘られぬかも
田村源一郎氏に寄せて旧時を追懐す 牧水
田村医院滞在から15年後のことである。
布引温泉へ。
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