『奥の細道』
〜湯本五左衛門宅跡〜
東北自動車道那須ICの料金所に「落くるやたかくの宿の郭公(ほととぎす)」という芭蕉の句が書いてある。
この句は『奥の細道』にはない。
元禄2年(1689年)4月16日(新暦6月3日)、芭蕉と曽良は高久に到着し、浄法寺桃雪の紹介で黒羽領36ヶ村の大名主である高久覚左衛門宅に2泊した。その時書き与えたもの。
句碑は高久家はもとより、高久家の菩提寺高福寺、聖蹟愛宕山公園にある。
4月18日(新暦6月5日)、芭蕉と曽良は高久から那須湯元に向かい、湯本五左衛門宅に宿泊した。今、那須湯本の旅館街は高台の県道17号那須高原線沿いにあるが、昔は湯川沿いの「元湯鹿の湯」を中心に集落があった。
湯本五左衛門宅跡がある。

湯をむすぶ誓も同じ石清水
句碑は温泉神社にある。
この句も『奥の細道』にはない。『曽良随行日記』による。
小杉未醒は羽黒から那須野を歩いて、那須温泉を書いている。
黒羽より那須温泉へ行く道は、現在は畠ばかりなれど、歩いて見れば、さすがに名高い那須野が原の平濶、風物何となく一荒れ荒れた趣を持つて居る、次第に上つて那須火山の膝の上あたりに温泉場、
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