芭蕉の句碑

勢ひあり氷り消へては瀧つ魚
楽山公園から国道139号を行き、田原佐伯橋を渡ると都留市田原に田原の滝があった。
田原の滝

名勝田原の滝
田原と十日市場の境にあり、白根の滝、白滝ともいわれた。
古くから名瀑として知られ、松尾芭蕉ほか、谷村を訪れた文人墨客に称賛されてきた。
かつては2段の滝であったが、明治31年に両岸が崩れて1段の滝となり、さらに関東大震災以降も崩壊が続き、上流に30メートル後退した。
往時の姿は失われているが、両岸には富士の溶岩が急激に冷却凝固して出来た「柱状節理」が認められ、地学的にも貴重な存在である。
都留市教育委員会
芭蕉の句碑があった。

勢ひあり氷り消へては瀧つ魚
出典は『新虚栗』(麦水編)。
春吟
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勢ひあり氷消ては瀧津魚
| 芭蕉翁
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此句今までの撰にもれたる
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よし、但州より告げたり。
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天和3年(1683年)、芭蕉が谷村逗留中の嘱目吟だそうだ。
甲州郡内といふ瀧にて
勢ひある山辺も春の瀧川魚
きほひありや氷柱化しては滝の魚
勢ひなり氷きえては瀧つ魚
「甲斐郡内谷村に白滝といふ滝あり。また田原の滝とも云ふよし、此滝にての句なるよしと伝ふ。」と底本にあるそうだが、「底本」が分からない。
昭和23年(1948年)、谷村町郷土史蹟保存会建立。飯田蛇笏筆。
飯田蛇笏は山梨県生まれの俳人。
都留市には桂町の宝鏡寺にも芭蕉の句碑があるそうだが、今日は歩き疲れたので後日とする。
石和温泉へ。
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