芭蕉の句碑
物いへは唇寒し秋のかせ
昭和村森下にさつき食堂がある。
さつき食堂の庭の植え込みに芭蕉の句碑があった。

物いへは唇寒し秋のかせ
出典は『芭蕉庵小文庫』(史邦編)。
貞亨元年から元禄年間の句。
『蕉翁句集』(土芳編)は「元禄四未ノとし」とする。
利根郡久呂保村沼田往還継立場森下宿の路傍にあったものといわれているそうだ。
鵞友建立。乙満書。
乙満は後の藍沢無満。
もう1つ芭蕉の句碑があった。

旅人と我名呼れんはつ時雨
出典は『笈の小文』。
貞亨4年(1687年)10月25日、芭蕉は亡父三十三回忌の法要に参列するために江戸深川を出発する。10月11日、其角亭で送別句会で詠まれた句。
文化9年(1812年)、久呂保山人建立。
昭和33年(1958年)11月、久呂保村と糸之瀬村が合併して昭和村が誕生。
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