一茶の交友
〜太田亭素迪〜

素迪は成田山新勝寺中興第七世照誉上人の俳号。
寛政10年(1798年)8月、成田山新勝寺の住職となる

廿八日 晴 成田参 滑川通 田川入
『文化句帖』(文化3年正月)
文化12年(1815年)10月24日、一茶は新井から高谷に入る。
四 陰 終日 荒井ヨリ高谷ニ入
『七番日記』(文化12年10月)
この時、安養寺で句会が開かれたらしい。
素迪上人も句会に参加したようだ。
同年12月13日、一茶は田川から成田山に入る。
[十]三 晴 成田山ニ入
『七番日記』(文化12年12月)
文化14年(1817年)3月29日、一茶は田川から成田に行く。素迪は照乗上人七回忌の供養をしていたようだ。
[廿]九 晴 成田行 素迪上人アザリノ供養
『七番日記』(文化14年3月)
文政4年(1821年)10月、遷化。世寿57歳。
素迪の句
かたしろにけふこそ流せ旅の杖
加茂川につゝかけたりや心天
加茂川につゝかけたりや心天
本坊の夜は鎮りて華の雨
小坐敷や入替りても秋の暮
うぐひすの尾をそらし啼野風かな
星合の沙汰も明行楸(ひさぎ)かな
形代にけふこそ流を旅の杖
すゞしさの夜をやり過す莚(むしろ)かな
蓬から虹のまたがる夏野哉
素湯(さゆ)の香のかたじけなさや初時雨
木からしや底の見へすく銀河
あさがほに引からまりし白髪かな
永き日や夫婦山見に畠迄
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