小林一茶ゆかりの地

渋温泉「古久屋」
渋温泉「古久屋」に大露天風呂「一茶の湯」がある。

文化4年(1807年)8月6日、一茶は安源寺の小内八幡宮から渋温泉を訪れる。
渋村、わく(たカ)や市左衛門に舎る。かねて約束なれば、先、湖光、完枝に逢て歌仙などす。
即興
せい出して山湯のけぶる野分哉
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小男鹿の水鼻ぬぐふ紅葉哉
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湖光、完枝は野尻の門人。
「わく(たカ)や市左衛門」は、現在の渋温泉「古久屋」であろうか。
文化10年(1813年)4月13日、小林一茶は渋温泉を訪れ、18日まで滞在している。
十三 陰 大風 渋湯かゞや市左衛門ニ入
「渋湯かゞや」は現在の渋温泉「古久屋」。
「古久屋」の当主は十六代市左衛門。
一茶は「百合の間」に投宿したと伝えられているそうだ。
下々も下々下々の下国の涼しさよ
『七番日記』(文化10年6月)に掲載されているが、一茶・井泉水記念俳句資料館「湯薫亭」研究員小野久雄氏の調べによれば、4月13日から18日まで「渋湯かゞや」に滞在した時に詠まれた句だそうだ。
一茶は「渋湯かゞや」に滞在した後、六川村を訪れる。
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