武州の俳人

細村青荷

八幡山(本庄市児玉町)の人。川村碩布の庵号橿寮を継いだ。

安政6年(1859年)3月、八幡神社に碩布の句碑建立。



春の水ゆふ山はれて流れけり

 慶応2年(1866年)、句碑建立を記念して『春水集』を出版。

 明治3年(1870年)、藤岡市の養浩院に「芭蕉塚の碑」を建立。青荷書。



志ばらくは花のうえなる月夜かな

明治14年(1881年)、79歳で没。

光徳廃寺に墓がある。


西窓青荷墓


ちるこの葉終りはものゝはじめかな

元治元年(1864年)11月、建立。

生前の墓であるようだ。

青荷の句

夜に入てしきりなりけり雪しづく


面影にたつや霞のかれ尾花


帰るより哀と有し逸淵翁の遺章に老の泪先こほれて

ミとせたつ春やことしも残る雁


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