日和山公園〜若山牧水の歌碑〜

本間美術館から日和山公園へ。
酒田の日和山公園に芭蕉の句碑や牧水の歌碑を始め、数多くの句碑や歌碑がある。
若山牧水

酒田滞在2日 8日午前4時半河口を出る
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渡津丸に乗つて私は酒田を立つた(中略)
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日よく晴れて、海は黒いほど碧い(中略)
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天の一角には丁度いま別れて来た河口の濁りの様に
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円を作つてうろこ雲が白々と輝き散つてゐる
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砂山の蔭に早やなりぬ何やらむ別れの惜しき酒田の港
歌碑の脇に簡単な説明が書いてあった。
若山牧水
宮崎に生まれ、生涯旅と酒を愛した歌人。大正6年(1917年)8月6日の夕刻、新庄より汽車で酒田に着く。折悪しく停電のため暗い中を遊廓にあがり、風にゆれる燭台の下で酒を酌み、女達のおばこ節を聞きながら旅情に浸った。
「北国紀行」には酒田滞在中のことは何も書いていない。
大正6年(1917年)8月6日、若山牧水は秋田から東京に帰る途中、新庄から汽車で酒田に向かう。羽越本線が開通するのは大正13年(1924年)のこと。牧水は酒田に2日滞在し、8日船で新潟に向かう。
斎藤茂吉の歌碑もあった。

おほきなる流となればためらはず酒田のうみにそそがむとする
歌聖斎藤茂吉が昭和22年(1947年)酒田でよんだ歌を酒田短歌会が昭和37年建立。
昭和21年1月30日からおよそ2年間、斎藤茂吉は大石田移住生活をした。
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