『西國曲』(露川・燕説)


露川は月空居士。

 享保元年(1716年)、露川は門人燕説を伴って西国を行脚。

 享保2年(1717年)、板。杉山杉風跋。

 正徳3年(1713年)、露川は奥州桑折で俳人佐藤馬耳に招かれ欖翠軒を訪れている。

燕説は伊勢村松の松林寺の僧。止白堂。

 享保2年(1717年)5月下旬、燕説は奥州行脚。

 享保4年(1719年)5月12日、俳諧田植塚 乾』(佐藤馬耳)刊行。無外坊燕説「田植塚記」。


 奥ъK折
雨しよぼしよぼことにあやなし梅の花
   馬耳

 江 戸
梅見たる紙衣もけふがわかれかな
   衰杖

 江 戸
落かへる風より後のほたるかな
   その女

 江戸杉風□
月見るや庭四五間の空の主
   衰杖

名月や空と水との二住居
   燕説

十六夜の遅さや親を疊輿
   馬耳

 奥ю{賀川
末枯やさらでも庵のつるし柿
   晋流

 晋流妻
寐ぬ星のそしりもがもな二おもて
   霜楠

引かぶる蒲團短し鴫のこゑ
   晋流

 加賀山中
一年を辛苦で越すや室の梅
   桃妖

さるを説子、今、松嶋、象潟に趣(赴)く事、嗚呼過し世に亡師奥の細道の首途も思ひ出られたるを、此一紙の奥に巻入れて贈りぬ。


七十一老
享保二丁酉仲夏下旬
     衰  杖

 舊名杉風

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