小林一茶ゆかりの地

両国橋
ボタン博物館のサロンから隅田川の両国橋が見える。

両国橋を渡ることはあっても、写真を撮る機会はすくない。
両国橋は千住大橋に続いて隅田川で2番目に架けれた橋である。当初「大橋」と名付けられていたが、武蔵国と下総国の2つの国にまたがっていたことから俗に両国橋と呼ばれていた。元禄6年(1693年)12月に新大橋が架橋されると両国橋が正式名称となったそうだ。
両国橋

両国橋上看二紫曙一。
春立や見古したれど筑波山
『文化句帖』(享和4年正月)
春の筑波山は山色が紫になるそうだ。
雪は申さず先ず紫の筑波かな 嵐雪
兩國橋
寒垢離にせなかの龍の披露かな
『おらが春』
この句は江戸で詠んだわけではない。
両国橋遠望
時鳥小舟もつういつうい哉
『文政句帖』(文政8年3月)
この句も江戸で詠んだわけではない。
広瀬惟然の句に「水鳥や向うの岸にへつういつい」がある。
広瀬惟然は美濃の人。芭蕉十哲のひとり。貞享5年(1688年)、芭蕉が『笈の小文』の旅で美濃を訪れた時に門下となる。正徳元年(1711年)2月9日、60余歳で没。
「旅のあれこれ」のトップページへ
