一茶の交友
〜黒岩鷺白〜
望雲
七代目黒岩忠右衛門。雲嶺庵。芳草舎。
上州草津
黒岩忠右衛門
鷺白
『知友録』
鷺白
草津
黒岩忠右エ門
『諸郡銘録』
「ホテル望雲」
安永2年(1773年)、俳諧を
高桑蘭更
に入門。
蜂あれて屯
(たむろ)
かへたりさくら人
『花供養』
「ホテル望雲」の玄関の脇に碑がある。
六月やい多る處に温泉の流れ
蘭更
氷室能さくら山ほとゝぎす
鷺白
文化六
己巳
水無月
安永8年(1779年)夏、
加舎白雄
の来遊を機にこの派にも参加。
くさ津の温泉にて、
秋こゝにさうなき山の露さへよ
「鎌都」
寛政11年(1799年)、剃髪して雲嶺庵と号する。
十七日也
一つゝみ状 草津に
ろ白
高橋油屋に出ス
『急逓記』
小林一茶とは寛政2年以来のつきあいで、文化5年(1808年)5月29日、一茶は郷里の柏原に向かう途中で草津温泉に遊ぶ。
廿九日 雨
長野原など過ぎて草津の雲嶺庵に入、十八年へだゝりての再会也、スハの若人匏宇に逢ふ。
湯けむりにふすぼりもせぬ月の貎
「草津道の記」
光泉寺
に小林一茶の句碑がある。
湯けむりにふすぼりもせぬ月の貌
文政元年(1818年)7月17日、里丸は草津の雲嶺庵で歌仙。
俳諧之連歌
上州草津温泉雲嶺庵興行
そはそはと七夕栄のする在所
鷺白
残る暑さをかくす薄月
里丸
文政7年(1824年)12月27日、鷺白79歳で没。
鷺白の子芳雄は、春耕の一族久保田源三の子で、黒岩家に養子に入った人。
鷺白の句
炭窯に柏ミたれてちる日かな
『栗庵句集』
きのふけふ月は朧に定りぬ
『せりのね』
花つばきしゐて落るはうたがはし
『春秋稿』(初篇)
羚羊の岩ふむ花の木かげかな
『春秋稿』(第四篇)
身をまゝにあそぶ卯月の衣かな
金鐘虫
(すずむし)
や露ふる霄
(そら)
のかつらかげ
『春秋稿』(第五編)
名月や沙にのこりし波の泡
『春秋稿』(第六編)
をくるまの日影をしのふ野口哉
『春秋稿』(第七編)
匂ひなき華見ることしひとつ鴦
『黒祢宜』
捨鶏ハ柳に寝たり夏の月
『つきよほとけ』
菴涼し四隅にかよふ松のかぜ
『蝶の日かげ』
竹の葉にはさまる秋の螢かな
『続雪まろげ』
御飾もとらぬうちから猫の恋
『菫草』
尾長鳴く夏山雨をふくみけり
『名なし草紙』
花薄月は昼から出てござる
『木槿集』
水雲や松にながれて夕きゝす
「泉徳寺俳額」
下陰へちよつと引越すゞみかな
『迹祭』
奥山やさかりの花が人をよぶ
『あなうれし』
鰐口に楓はさむやあを嵐
『杖の竹』
万歳やおどけた神のゝり移り
『たねおろし』
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