『奥の細道』
〜日光例幣使街道〜
東北自動車道栃木都賀JCで北関東自動車道に入り、都賀ICから県道3号宇都宮亀和田栃木線を行く。
この辺りの県道3号は旧日光例幣使街道だ。
東武日光線東武金崎駅の辺りは古くて大きな家が多く、宿場町の面影を残している。旧本陣古沢家があるそうだが、案内は何もない。
古くて大きな家に「古沢」という表札だけは見つかった。

金崎宿は芭蕉が通ったわけではない。
県道3号から国道293号に入る。国道293号は楡木(にれぎ)で国道352号に合流する。
この辺りの国道352号は旧日光西街道(壬生通り)。
『曽良随行日記』には、次のように書かれている。
(廿九日)
一 壬生ヨリ楡木ヘ二リ。ミブヨリ半道バカリ行テ、吉次ガ塚、右ノ方廿間バカリ畠中ニ有。
一 にれ木ヨリ鹿沼ヘ一リ半。
一 昼過ヨリ曇。同晩、鹿沼(ヨリ火バサミヘ弐リ八丁)ニ泊ル。
芭蕉は室の八島から日光西街道(壬生通り)を通り、楡木で例幣使街道に入った。
旧日光例幣使街道は鹿沼で国道121号になる。
元禄2年(1689年)3月29日(新暦5月11日)、芭蕉は鹿沼に泊まった。
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