白雄関連俳書

『おもかげ集』


 明和6年(1769年)8月15日、加舎白雄が姨捨山に芭蕉面影塚を建立した記念集。

芭蕉翁面影塚


姨捨之弁

 ことし姥捨の月見んことしきりなりければ、八月十一日美濃の国をたち、道遠く日数すくなければ夜にくれ艸まくらす。おもふにたがはず其夜さらしなの里にいたる。山は八わた(幡)といふ里よりふして、冷(すさま)じう高くもあらず、かどかどしき岩なども見へず、たゞ哀れふかき山の姿なり。なぐさめ兼しといひけむもことはり知られてそゞろにかなしきに何ゆへにか老たる人を捨てたらんとおもふにいとゞなみだおちそひければ、

おもかげや姨ひとりなく月の友

月澄や照あふ塚のいや高き
   十竹窓柴雨

碑の前やおのづからなる萩と月
   半輪下鳥奴

碑おもてや月をうしろに拝みけり
   白雄坊昨烏

里ありと聞へて淋し小夜ぎぬた
   左簾

よろよろと翌も伸るかたち葵
   戸倉鳥奴

くらき夜の橋にわかれてちどり哉
   柴雨

  各 詠 四序不分

漁火を二階へとりて涼哉
   上田麦二

音なしの川あらはれてほたる哉
   雨石

春風や椌(うろ)から散らす虫の糞
   雲帯

陽炎やつくづく見たる鬼がはら
   如毛

山陰や畑にもの楚く秋の暮
   左十

はる雨や庭へ投出す炭だはら
   百卉

うき艸や蟹のはさみを逃ありき
   兀雨

なぐさみに馬を狩出す桜かな
   星布

尼寺の伽おぼつかなきじの声
   文郷

いそがしうものいふ迄ぞとしの梅
   魚生

うき艸や退ては影の嵐山
   下総銚子弄船

はつ汐や椽につまづくいつくしま
   百井

海苔とりやすくへば波は立帰り
   曽我野兎石

此山を出る日はいつぞかんこ鳥
   少年眉尺

楼の高きに酔り菊のけふ
   雨塘

流さむと水の骨折る柳かな
   大梁

戻る時手毎に白し山ざくら
   雨什

五六間うき世はなれて高燈籠
   奥州釈也蓼

  四時文通

きじ啼やたゝけば凄きうしろ堂
   烏明

(えい)洗ふ水となりけりかきつばた
   柴居

一雨の跡かも知らずけさの秋
   百明

行秋やとふとふ染ぬ海の色
   烏光

一日も温石(おんじやく)ならでは冬ごもり
   百明

  当時名録 四季不分

木がくれて蟻に帯とく桜かな
   江戸門瑟

これですむけしきではなし梅の花
   加賀見風

山ぶきや終には流す花の影
   半化

むし啼やまだ夜の明る鐘ならず
   蝶夢

梨の花咲て昼なくかはづ哉
   越中康工

すさまじきものや師走の鏡磨
   尾張也有

沢山になるほど捨ぬさくら哉
   越中玉斧

春の日や門ゆく梵論の罔両(かげぼうし)
   江戸蓼太

艸花に坂東声のうづらかな
   武蔵柳几

   鎌くらにて

屋敷ひとつもたぬかゝしはなかりけり
   駿河乙児

うつろ木に一日したむ雪解かな
   普成

   はし立にて

橋立やうき艸の花蹈て見ん
   尾張白尼

長い日は空へも遠し舞ひばり
   梨一

日の春をさすがに鶴のあゆみ哉
   其角

盆の月寐たかと門をたゝきけり
   野坡

山々や一こぶしづつ秋の雲
   涼菟

啼さうな虫の飛かふ夏野哉
   一笑

とゞかずに夜は明にけり初氷
   麻父

しぐるゝや三上山から瀬田の橋
   雲裡

長き日や同じ事して礒の波
   馬光

玄鳥のよせては帰るのぼり哉
   宗瑞

青柳の端折て通る道の端
   千杏

声かれて暁近し猫の恋
   左明

    四季四章

山ざとは万歳遅し梅の華
   芭蕉

艸の葉を落るより飛ぶほたる哉

ひよろひよろと猶露けしや女良花

煤はきや暮行宿の高鼾

どう響く涅槃の暮の鐘の声
   麦林

一つかみ烏のこぼす桜かな
   柳居

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