追分明神
県道76号坂本白河線の県境に「従是北白河領」という石柱がある。
従是北白河領

ここに追分明神がある。

「追分の明神」は「境明神」ともよばれている。創立は古く、延暦10年(791年)坂上田村麻呂が征夷の途次に勧請したものと伝えられている。
義経伝説
治承4年(1180年)8月、兄の源頼朝(1147−1199)が伊豆に平家追討の旗を挙げたことを遠く奥州平泉できいた源義経(1159−1189)は、矢もたてもたまらず、藤原秀衡(ふじわらのひでひら)(?−1187)にお願いして鎌倉に上ることにしました。
追分明神は義経が平家追討の祈願をしたところ。
文治5年(1189年)7月26日、源頼朝は宇都宮を立ち、28日、新渡戸(しんわたど)駅に着き、29日、白河関を越える。
7月29日 丁亥
白河の關を越えたまふ。關の明神に御奉幣。この間景季を召し、當時初秋の候なり。能因法師が古風思ひ出さざるやの由仰せ出さる。景季馬を扣て、一首を詠ず。
秋風に草木の露を拂はせて君が越ゆれば關守も無し
「能因法師が古風」とは「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」の歌のことであろう。
ところで、新渡戸(しんわたど)駅はどこにあったのか。那須塩原市越堀(こえぼり)の杉渡戸(すぎわたど)付近に比定されるそうだ。
那須塩原市越堀(こえぼり)の杉渡戸(すぎわたど)は県道72号大田原芦野線(旧陸羽街道)沿いにある。
那須塩原市越堀(こえぼり)は旧陸羽街道越堀宿ある。
県道72号大田原芦野線は芦野で国道294号に合流し、白坂宿、白川宿へと続く。白河関跡がある県道76号坂本白河線は国道294号の東である。
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