〜小林一茶ゆかりの地〜

北国街道野尻一里塚
野尻宿本陣跡から国道18号で柏原に向かう。
途中に野尻一里塚があった。

歴史の旅北国街道野尻一里塚
一里塚は、江戸時代のはじめ江戸の日本橋を起点として1里(3.9km)ごとに主要な街道の両側につくられました。北国街道の一里塚は宿駅が確定した1611年(慶長16年)ころに築かれたものと思われます。塚の上には榎や松・桜などが植えられ、旅の目印とされました。信濃町には柏原・古間・野尻の3ヶ所にありましたが、野尻の一里塚は一対で残された貴重なもので、現在は桜の木が植えられています。塚の大きさは直径約12m、高さ約2.6m、塚と塚の間は約17mです。
中山道追分宿から分岐して越後出雲崎宿に通じる街道を北国街道といい、脇街道を含めると39の宿場がありました。加賀金沢藩・越後高田藩などの北陸大名の参勤交代や佐渡の金銀を江戸に運ぶ重要な通路でした。
あとどもはかすみ引きけり加賀の守
迹供はかすみ引けり加賀の守
『八番日記』(文政3年3月)
野尻一里塚

一茶記念館へ。
「旅のあれこれ」のトップページへ
