芭蕉の句碑

一疋のはね馬もなし河千鳥
栃木県下都賀郡野木町に野木神社がある。
野木神社

主祭神は莵道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)。
延暦年間に坂上田村麻呂が蝦夷平定の帰途、社殿を造営したと伝えられるそうだ。
町指定文化財公孫樹

坂上田村麻呂参詣の記念に植えられたものと伝えられている。
公孫樹の木の下に芭蕉墳があった。

一疋のはね馬もなし河千鳥
徳雨が所持する芭蕉書簡の句。
十一月三日
|
前夜之吟懸御目候 |
|
一疋のはね馬もなし河千とり
| はせを
|
|
千鳥鳴くかも川過つ鉢たゝき
| キ角
|
宝暦10年(1760年)11月3日、徳雨建立。
『諸国翁墳記』に「千鳥塚 日光道中野木野神ニ在 徳雨建」とある。
栃木県で佐野女子高校の「菖蒲塚」に次いで、2番目に古い芭蕉の句碑であろう。
徳雨は下総国葛飾郡関宿の人。梅田氏。
延享元年(1744年)12月2日、江戸浅草に祇徳を訪ねて門人となる。祇徳は江戸浅草の札差。祇空の門人。祇空の庵跡に芭蕉像を安置し、芭蕉堂とした。
徳雨は句碑建立を記念して『千鳥墳』を刊行。
『千鳥墳』に「芭蕉」の句が2句収録されているが、いずれも不詳。
見に行といふ人もなき柳かな
|
|
名月の雨に深川風うすし
|
「旅のあれこれ」のトップページへ
