芭蕉の句碑

人も見ぬ春や鏡の裏の梅
館山市亀ヶ原の新御堂に「陰徳塚」があるというので、行ってみた。
新御堂

新御堂はすぐ分かったが、「陰徳塚」は見当たらない。
新御堂は山の上から下ろしたもので、「陰徳塚」はまだ山の上にあると聞いた。
羽山電気の浦山に新御堂のあったそうだ。
新御堂跡に「陰徳塚」があった。

人も見ぬ春や鏡の裏の梅
出典は『己が光』(車庸編)。
元禄5年(1692年)の歳旦句。
『諸国翁墳記』に「陰徳塚 房州平郡新御堂前 二世宗瑞社中 竹之友連建之」とある。
「二世宗瑞」は広岡宗瑞。
「竹之友連」は本織村(現:南房総市本織)の医者関口玄琳が主宰。俳号瑞石。
天明7年(1787年)、『俳諧竹之友』(白兎園二世宗瑞居士撰、瑞石編)。
寛政5年(1793年)頃、「陰徳塚」を建立したと思われる。
安房で最も古い芭蕉の句碑である。
平成11年(1999年)春、新御堂檀家一同修復建立。
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