芭蕉の句碑

白露もこぼさぬ萩のうねりかな
太田市安養寺町に明王院がある。
呑嶺山明王院安養寺

境内は国指定新田荘遺跡。新田義貞の館跡と伝えられる。
真言宗豊山派の寺である。
新田触不動

不動明王が山伏に化身して、新田義貞の挙兵を越後の新田一族に一夜のうちに触れ走ったと伝えられているそうだ。
不動堂の左手に芭蕉の句碑があった。

白露もこぼさぬ萩のうねりかな
昭和55年、復元。
元禄6年(1693年)秋、杉山杉風の別邸採茶庵の萩を見て詠んだ句。
『蕉翁句集』(土芳編)は「元禄四未とし」とする。
白露もこぼさぬ萩の
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うねりかな 芭蕉
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寛政6年(1794年)祖翁百年追善のため栗庵似鳩を後見に呑嶺山主柳翠他俳友の協力で不動尊境内に句碑を建立されたと記録に見られたが、何時の頃にか現物は存せず。
この度不動堂昭和大修繕(1980年)を記念して茲に復元再現するものなり。
明王院第五十六世 照賢誌す
寛政7年(1795年)、記念集『萩のふす満』刊。
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