芭蕉関連俳書

天野桃隣『陸奥鵆』[無都遅登理 五]E

元禄10年(1697年)8月、素堂跋。

[陸奥鵆 一] ・ [無都遅登理 五] 行程

 元禄9年(1696年)、天野桃隣が芭蕉三回忌にあたって『奥の細道』の跡をたどった紀行文。

@日光まで  ・ A那須まで  ・ B福島まで
C平泉まで  ・ D象潟まで  ・ E江戸まで

 元禄9年(1696年)、天野桃隣は象潟から酒田へ戻る。

芭蕉像


 此所より右の道筋を坂田へ戻る。尤此所より津軽・南部・越後筋へ順よし。

6月15日、天野桃隣は羽黒山祭礼を見て句を詠んでいる。

出羽三山三神合祭殿


 六月十五日は羽黒山祭礼、三所権現神輿御出、鉾幡・傘鉾計ニテ、境内纔一丁計廻、其儘本社へ入せ給ふ。繕はぬ古例、謂有事とや。近郷挙テ詣

   ○五十間練を羽黒のまつり哉

   ○吹螺に木末の蝉も鳴止ぬ

桃隣は羽黒山五重塔を見ている。

羽黒山五重塔


 遙に見れば五重の塔、是は鶴ヶ岡城主建立たり。別当は若王(やくわう)寺、高山の岨(そば)を請ておびたゞしき一構、風景いふに及ず。

桃隣は月山に詣でる。

月山山頂


 湯殿山へ登るに、麓は青天、山は雨、漸(やうやう)月山詣て、雪の巓牛が首と云岨に一宿。

桃隣は月山から湯殿山奥院を参詣し、句を詠んでいる。

 早天湯殿奥院へ詣。諸国の参詣、峯渓に満々て、懸念仏は方四里風に運び、時ならぬ雪吹(ふぶき)に人の面見えわかず、黄成息を吐事二万四千二百息。

   ○大汗の跡猶寒し月の山

   ○山彦や湯殿を拝む人の声

      曽良登山の比

   ○銭踏て世を忘れけり奥院

「懸念仏」は夏行(げぎょう)して唱える念仏。

桃隣は山寺を訪れ、句を詠んでいる。

芭蕉像


 宝珠山、阿所川院、立石寺所ノ者は山寺と云。城下ヨリ三里、慈覚大師開基。

   ○閑さや岩にしみ入蝉の声
   芭蕉

   ○山寺や岩に負たる雲の峰
   桃隣

 元禄9年(1696年)、天野桃隣は『奥の細道』の跡をたどる旅の帰途で桑折の田村不碩宅に足を休めている。

 是より段々出て桑折に着。田村何某の方に休足。

 仙台領宮嶋の沖より黄金天神の尊像、漁父引上、不思儀(議)の縁により、此所へ遷らせたまひ、則朝日山法円寺に安置し奉。忽の御奇瑞に諸人挙て詣。まこと所は辺土ながら、風雅に志輩過半あり。げに土地清浄、人心柔和なるを神も感通ありて、鎮座し給ふとは見えたり。農業はいふに及ず、文筆の嗜、桑折にとゞめぬ。

     天神社造立半

   ○石突に雨は止たり花柘榴

朝日山法圓寺


 7月、天野桃隣は『奥の細道』の跡をたどる旅の帰途で須賀川に2泊し、諏訪明神へ参詣して句を詠んでいる。

神炊館神社


 須ヶ川に二宿、等躬と両吟一卷満ぬ。所の氏神諏訪宮へ参詣、須田市正(いちのかみ)秀陳饗応。

   ○文月に神慮諫ん硯ばこ

桃隣は須賀川から白河にさしかかり、句を詠んでいる。

 又こゆべきと、白河にさしかゝり、

   ○しら露の命ぞ関を戻り足

 桃隣は『奥の細道』の跡をたどる旅の帰途、遊行柳を訪れ句を詠んでいる。

遊行柳


 遊行柳芦野入口一丁右へ行、田の畔(くろ)に有。不絶清水も流るゝ。

   ○秋暑しいづれ芦野ゝ柳陰

 桃隣は宇都宮二荒山神社に登り、句を詠んでいる。

宇都宮二荒山神社の石段


 宇津宮へかゝり、社頭に登て叩首(ぬかづく)に、額日光宮と書リ。二荒を遷敬し奉る(り)けるにや。

   ○笠脱ば天窓撫行一葉哉

 7日、桃隣は小山に泊まり、七夕の句を詠んでいる。

城山公園


 小山に宿。七夕の空を見れば、宵より打曇、紅葉の橋も所定めず、方角を知べきとて、月を見れば影なし。力なく宿を頼、三寸(みき)求め、牽牛・織女に備へ、間なくいたゞきてまどろみぬ。

   ○又起て見るや七日の銀河

 桃隣は『奥の細道』の跡をたどる旅を終え、浅草寺に参詣して句を詠んでいる。

浅草寺本堂(観音堂)


 浅草に入て、はや江戸の気色、こゝろには錦を着て編綴(へんてつ)の袖を翻し、観音に詣

   ○手を上て群集(ぐんじゆ)たり草の花

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