一茶関連俳書


『物見塚記』(一瓢編)

文化8年(1808年)、刊。一瓢自序、成美跋。

東都日ぐらしの里に寺あり、本行寺といふ。庭にひとつの塚あり、周廻五間高さ七尺、頂に一株の松を植て、十かへりのミどりとこしなへ也。塚のもとの斷岸三五丈、東南北の眺望ハ須彌の金輪をかぎりとす、彼大鵬の雲翼をかり、こゝろを優游にあそバしむるの地なり。筑波大人の碑文に道灌丘といへるはこれにて、江戸の地誌にハ物見塚と出せり。

一瓢上人の新室ハ、俳士をあそバしめむれうなりとぞ。われまづ一夜ふた夜のまくらに疊を汚さむとす。

夏ちかの誰も柱によりやすし
   成美

時雨たらしぐれた儘よ丹波山
   一峨

  亡人
ゆくとしや大盃の手もとより
   浙江

曲りこむ藪の綾瀬や行螢
   巣兆

起ふしや我ものとては露の玉
   諫圃

人聲や藪の中より銀河
   國村

はつ月ハ蕣ほどのひかりかな
   久藏

   知足坊のミやびにまねかれまゐらせて

炭ぞくぞく水も秋すむ苔のうへ
   道彦

名月やはれての後の氣くたびれ
   午心

燒野とハたゞ四五日の名なりけり
   碩布

あるほどの鹿だまらせて霜の空
   車兩

立臼に來てあたゝまれミそさゞい
   可良久

裏關や蚊遣にも經る松の年
   護物

鶯の聲やちからを入ずして
   春蟻

山をぬくちから隱して春の水
   宗瑞

門守が大工ぶりする雪解かな
   五渡

花の山守とおもはゞ住侘ん
   完來

身のうへの鐘としりつゝ夕すゞみ
   一茶

夕空や紫苑にかゝる山の影
   閑齊

   攝 津

我菊は撓めぬほどの詠かな
   八千坊

鶯とふたり前つむ若菜かな
   一草

鷄ばかり起てゐるなり霜の家
   三津人

   河 内

すゞしさの穴があく也軒の樫
   耒耜

   尾 張

時雨をながめくらしつけふの月
   士朗

世の人をみどり子にしてけふの月
   岳輅

   甲 斐

爐にひとり頓て十夜の鐘のこゑ
   嵐外

   相 模

川やしろとかうする間にこぼちけり
   葛三

枯ぎくの焚るゝゆふべしぐれけり
   來之

旅人と見へるか花の尻からげ
   雉啄

   下 總

ぶつつけたやうに下るや霜の鳥
   雨塘

ねぶるさへはしたはしたや秋の風
   双樹

  亡人
松風に出て吹せばや蚤の跡
   恒丸

淺茅生や寐れバ寒さにかち申
   兄直

踊れ踊れ聟になるまで月夜まで
   鶴老

かたしろにけふこそ流せ旅の杖
   素迪

   いざよひさらしなのたぐひにハあらねど

  亡人
三日雨四日晴天ほとゝぎす
   寂阿

涼風や生れながらの螽飛
   一叟

   安 房

親の夢旅寝の盆もしてとりぬ
   杉長

汁の實にむしり込たし梅のはな
   郁賀

   常 陸

膳だての箸ころげしも花の春
   翠兄

たゞ居ても暮る日なるを木葉散
   湖中

   信 濃

今朝喰へバはや夢に見る若菜哉
   素檗

陽炎やきのふすげたる木履の緒
   雲帶

はなの香にまけて静まる夜汐かな
   武曰

山の春行水よりも春遅し
   虎杖

   心を師とすることなかれとハいへど

ものに惓ひとのこゝろも長閑なり
   如毛

米河岸のかた隅もつやけしの花
   湖光

山ざとは罪なき月の見やう哉
   蕉雨



   五月四日於雪耕庵

夕暮や蚊が啼出してうつくしき
   一茶

   すゞしいものは赤いてうちん
   一瓢



   陸 奥

すゞしさや願のいとの吹たまる
   乙二

たゞ居れば螢に袖をかられけり
   冥々

あさがほの遠山いろに咲にけり
   巣居

銀河秋一すぢの夜のけしき
   雄淵

青柳のさく枝つかむ雀かな
   曰人

草の戸や逃かくれても秋の暮
   百非

老けりな花見るまでを人まかせ
   雨考

   白うるりとは何物をいふにや

しら露やへちまの蔓のばからしい
   素郷

なでしこのもて來て秋のあつさかな
   鷄路

   出 羽

秋の風ゆくへは星の林かな
   長翠

   越 後

木がらしに大根のからみうつしけり
   竹里

   肥 後

紙燭して垣のうの花くらうすな
   對竹

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