三囲神社〜其角の句碑〜
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長命寺から隅田川沿いに歩いて三囲神社へ。


入口の石垣に歌が書いてあった。


いしがきの小石大石持合ひて御代もゆるがぬ松ケ枝の色

日比翁助

日比翁助(ひびおうすけ)は三越百貨店の創始者である。

三囲神社


三囲神社は隅田川七福神の起点で恵比寿と大黒天を祀る。

 隅田川七福神は多聞寺(毘沙門天)、白鬚神社(寿老神)、百花園(福禄寿)、長命寺(弁財天)、弘福寺(布袋尊)、三囲神社(恵比寿、大国神)の6箇所。

三囲神社に「雨乞の碑」がある。


雨乞の碑

 元禄6年(1693年)は非常なかんばつで、困り切った小梅村の農民が三囲社頭に集まり、鉦や太鼓を打ち鳴らしていた。ちょうど俳人其角が門人白雲をつれて吉原へ遊びに行く途中、三囲に詣でたところ、雨乞をしているありさまをみて、能因法師などの雨乞の故事にならい「遊(ゆ)ふた地や田を見めぐりの神ならば」と詠んだのがこの句である。

 其角は寛文元年(1661年)江戸に生まれ、姓を榎本、のちに室井と称し、江戸時代中期の俳人で、芭蕉門下第一の高弟として重んぜられ、宝晋齋と号し、とくに洒落風の句を得意とした。

 自選句集の五元集に「牛嶋三囲の神前に雨乞をするものにかわりて、夕立や田を見めぐりの神ならば、とうたえば翌日雨降る」と記されているように早速効果があったと伝えられている。この碑は明治6年再建されたものである。

  昭和45年11月3日 建設

墨田区

   牛島三遶の神前に雨乞をするものにかわりて

夕立や田を見めぐりの神ならば

   翌日雨降る


三囲神社には其角の句碑がもう1つあつた。

其角惜春の句碑


山吹も柳の糸のはらミかな

   三月正當三十日

山吹も柳の糸のはらみ哉


天保6年(1835年)建立

其角は三囲神社に句を奉納している。

   三遶奉納

早稲酒や稲荷よび出す姥がもと


三囲神社を詠んだ小林一茶の句がある。

   十五日 酉ノ刻陰る 戌刻雨

十五夜や田を三巡の神の雨

『文化句帖』(文化2年8月)

富田木歩の句碑があった。


夢に見れは死もなつかしや冬木風

 句碑の裏に「大正拾参年九月一日の一周忌に於て富田木歩君慰霊の為建之 友人一同 亜浪書」と書いてあるそうだ。

 木歩(もっぽ)という号は、病気のために足が不自由で木の義足を使っていたことに由来する。関東大震災に遭遇し、友人に担がれて避難するが、火の海と津波に四方を囲まれて命を失ったそうだ。享年27歳。江戸川区の最勝寺に墓がある。

三角石鳥居


三井邸より移す。原形は京都太秦・木島(このしま)神社にあるそうだ。

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