芭蕉の句

名月の花かと見えて棉畠
出典は『続猿蓑』(沾圃編)。
『芭蕉句選』(華雀編)には「花かとはかり」とある。
元禄7年(1694年)8月15日、芭蕉が伊賀上野の「無名庵」で月見の宴を催した時の句。
各務支考の評がある。
名月に麓の霧や田のくもり
名月の花かと見えて棉畠
ことしは伊賀の山中にして、名月の夜この二句をなし出して、いづれか是、いづれか非ならんと侍しに、此間わかつべからず。月をまつ高根の雲ははれにけりこゝろあるべき初時雨かなと、圓位ほうしのたどり申されし麓は、霧横り水ながれて、平田渺々(べうべう)と曇りたるは、老杜が唯雲水のみなり、といへるにもかなへるなるべし。
その次の棉ばたけは、言葉麁にして心はなやかなり。いはヾ今のこのむ所の一筋に便あらん。月のかつらのみやはなるひかりを花とちらす斗に、とおもひやりたれば、花に清香あり月に陰ありて、是も詩哥の間をもれず。しからば前は寂寞をむねとし、後は風興をもつぱらにす、吾こゝろ何ぞ是非をはかる事をなさむ。たヾ後の人なをあるべし。
支考評
服部土芳の評がある。
新みは俳句の花也。ふるきは花なくて木立ものふりたる心地せらる。亡師常に願にやせ給ふも新みの匂ひ也。その端を見しれる人を悦て、我も人もせめられし所也。せめて流行せざれば新みなし。新みは常にせむるがゆへ(ゑ)に一歩自然にすゝむ地より顕るゝ也。「名月に梺の霧や田のくもり」と云は姿不易なり。「花かと見へ(え)て綿畠」とありしは新み也。
『芭蕉翁全傳』は、「新庵の月見」として、この2句に「こよひ誰吉野の月も十六里」を併記し、注記を付している。
此三句庵を見するとて門人たれかれ多く招かれし時と也。此菴赤坂にありて、無名庵といふ。(近頃庵を舊地の東白舌墅に移され、再形庵といふ。)三日月の記、口傳。其とし秋洛の惟然伊勢より支考斗從熱田より白鴻來る。(支考斗從は九月三日なり)。其ころ、
八幡神社の句碑
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高橋家の句碑
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