古町温泉「せゝらぎの湯宿満寿家」

東北自動車道の西那須野塩原ICから国道400号で箒川に沿って、塩原温泉郷へ。
塩原温泉郷の古町温泉「ホテルニューますや」に与謝野鉄幹・晶子の「おしどり歌碑」があるというので探したが、「ホテルニューますや」は見つからない。「せゝらぎの湯宿満寿家」になっていた。
宿の入口に与謝野鉄幹・晶子の「おしどり歌碑」が建っている。

今日遊ぶ高き渓間の路尽きず山のあらはる空のあらはる 寛
真夜中の塩原山の冷たさを仮にわが知る洞門の道 晶子
塩原満寿家への「おしどり旅行」は明治43年10月、昭和9年5月の2回。晶子は90余首の塩原諷詠を宿に残しているそうだ。
塩原での歌は雑誌「冬柏」(第5巻・第6号)に鉄幹41首、昌子59首が収められている。
大正2年6月15日、東洋大学の創設者井上円了は塩原温泉を訪れ、福渡温泉「桝屋旅館」に泊まっている。
当日は大網を経て福渡に至り、桝屋旅館に投宿す。桝屋のつぎに丸屋、和泉屋、松屋あり。いずれも塩原中屈指の旅館にして、みな内湯あり。
「塩原紀行」
「桝屋旅館」のことを書いている。
桝屋一名満寿屋は箒川に望み、塩渓第一の奇勝と呼ばるる天狗岩に隣接し、樹色石影ともに軒に映じ、波高水声ともに窓に入り、風光すこぶる秀霊なり。
「せゝらぎの湯宿満寿家」は「湯めぐり手形」で入浴できる。今度入ってみよう。

「せゝらぎの湯宿満寿家」の対岸に「もみじの湯」がある。

平成13年2月より湯量不足でしばらく閉鎖されていたそうだ。
