芭蕉の句碑


梅わかな丸子の宿のとろゝ汁

静岡市駿河区丸子の旧東海道沿いに「丁字屋」(HP)がある。


丸子宿は東海道五十三次20番目の宿場町。

慶長元年(1596年)、「丁字屋」創業。

「丁字屋」に芭蕉の句碑があった。


梅わかな丸子の宿のとろゝ汁

出典は『猿蓑』(去来・凡兆共編)。

元禄4年(1691年)、乙州が江戸に赴く時の餞別句。

   餞乙東武行

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁
   芭蕉

 かさあたらしき春の曙
   乙

文化11年(1814年)10月、丸子驛竹室社中建立。雪中菴完来書。

「十返舎一九東海道中膝栗毛碑」があった。


けんくハする夫婦ハ口をとがらして

     鳶とろゝにすべりこそすれ

 連歌師宗長は57歳の頃に丸子宿吐月峰へ草庵「柴屋」を営み晩年を過ごした。

 その日は、草庵の隣家斎藤加賀守安元、一折とありしかば否びがたくて、発句、

   風に見よ今かへり来ん葛葉かな

「別れ路に生ふる」といふ古言を思ひ出で侍るばかりなるべし。このほどは、丸子といふ山家にぞありし。


まり子の柴屋寺を尋ぬ此所は宗長の旧庵の花にして正真に天柱山あり流し吐月峰有更ひかへの椎しら樫も前置のさつきもすへてかの老のものすきに残されしまゝのよしむかし忍はしく此庭にしはし彳みて

什物の木鋏見はや若葉垣


 明和8年(1771年)4月19日、諸九尼は宗長の草庵「柴屋」跡を訪ねている。

 むかしの蔦の細道は、若葉茂りて、それともみえわかざりき。柴屋寺宗長ほう(ふ)しの跡を尋入る。夏山の陰ふかく、仏間の香のけぶり、外面なる木草の葉末をわたりてうちかほり、谷水をせき入たる池水に、吐月峯の影すゞし。松栢の下に墓所あり。苔の花匂ひなつかしく、遅ざくらの散のこりたるに、心とゞまれり。

   閼伽棚に春やむかしの夏花つむ


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